ストレンジ・デイズ
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夏川が口を閉ざすと、なんともいえない空気が流れる。顔をあわせればいつも喧嘩ばかりしていた俺達が穏やかに顔を付き合わしているのが何だか新鮮だ。
俺は早く帰ってくれないかと思いつつ、無理矢理追い出して騒ぎになったら困るので自然に自ら帰ると言ってくれるのを待つしかなかった。しかし奴はなぜかなかなか帰ろうとしなかった。
「…あの、お前そろそろ部屋に戻った方が…。ほら、唄子も戻ってこれないし」
「なに、俺とは一緒にいたくないってわけ?」
「いや、そういうわけじゃねーけど…」
いつもなら、出ていけナルシスト野郎と怒って終わりなのだが今はそんな風に冷たくできなかった。とりあえず黙ってるのも辛いので、俺は話題を探した。
「お前、今好きな奴とかいねーの」
「……は?」
我ながら唐突すぎる質問だ。俺が律儀に小山内との約束を実行しようとしているせいなのだが。
「いや、漢次郎がいたらそんな簡単にはいかねーだろうけど、気になってる奴はいないのかと思って…」
恋人はいなくとも、好きな相手はいる可能性がある。小山内のためにも聞き出しておこうと思ったが、夏川は目を丸くさせてこちらを見ていた。
「なにお前、俺に告白でもしてぇわけ」
「は!? な、何言ってんだよ! んなわけねーだろ!?」
あまりにも必死に否定しすぎで逆に怪しい奴になってしまっている。夏川もマジで俺のこと好きなの? みたいな驚きと疑いの眼差しを向けてくるし、考えなしに訊いてしまった事を後悔した。
「じゃあなんでそんなことわざわざ聞くんだよ」
「それは、なんとなくっていうか…」
「何となく? ますます怪しいな」
「違うって! 俺は他に好きな奴がいるから、お前のことは好きじゃない!」
言ってしまってから、みるみる顔が赤くなっていくのがわかった。香月が俺から離れるっていうから、だから付き合うことにしたはずなのに、どうやら俺はあいつのことが相当好きだったらしい。いや、そんなことは最初からわかりきっていたのに、自ら言葉にしてようやくはっきり自覚することになるとは。
「…お前、本気でハルキのことが好きなわけ」
「えっ」
ハルキって誰だっけ、と思いすぐにそれがトミー先輩のことだと気づく。そういう設定だったことを忘れていたので反応が遅れたが、慌てて大袈裟なくらい頷いた。
「うん好き! すげー好き。だからお前のことは好きじゃねーんだからな。頼むから変な誤解してくれるなよ」
「……」
俺がそう声高らかに宣言すると、夏川は見るからに不機嫌な顔をした。もしかしてこいつはトミーの事が好きなのか? と邪推しかけた時、奴が口を開いた。
「お前がハルキにすり寄ってくの見るたび何考えてんだってイラついてたけど、本気だってわかっても何かムカつくな。何でだろ」
「んなこと言われても知らねぇよ…」
「女装して入学なんてぶっ飛んだ事平気でやってて、しかも無駄に美人だから気になんのかと思ってたけど、今の地味な顔でも全然……」
そう言いながら俺の顔に手をのばしてくる夏川。普段のふざけた様子とは違う奴の姿に、俺はすぐには動けなかった。夏川のためにどう答えてやるのが正解なのか、なんて事を頭の片隅で考えている。自由に生きるのがモットーだったはずの俺が、ずっといけすかないと思っていた夏川に気を使っているのだ。香月が今の俺を見たらきっと驚くだろう。
「逃げないんなら、俺の都合のいいようにするけど」
「ん?」
そういった夏川にぐいっと引き寄せられ、唇が触れる寸前まで顔を近づけられる。驚きのあまり硬直した俺を見て、奴は何もせずゆっくりと顔を離していった。
「…無理強いはNGだったな。俺に殴りかかってこない事に免じてここでやめてやるよ」
「な、何言って…」
「その方が、お前もちょっとは俺に興味持てるだろ?」
にっこり笑って俺の手を取る夏川。その瞬間、部屋の扉が開く音がして視線を向けると、感情を失ったかのような顔をした香月が静かに立っていた。眼鏡なしで前髪も上げているので表情がよく見える。俺は知っていた。香月は無表情の時が一番恐ろしいのだと。
「……あの男誰?」
「まずい、まずいまずい夏川早く逃げろ」
香月はぽかんとした顔の夏川に足音もたてずに近付くと、胸ぐらを掴み上げ軽々と上半身を持ち上げた。そして真面目な教師の仮面を脱ぎ捨てて、地を這うような恐ろしい声で夏川を問いただした。
「お前、キョウ様に何してんだよ」
「は??」
「あー! 待て香月! 俺なんもされてねーから! 落ち着けアホ!」
振り上げた拳に覆い被さるように飛び付いて、香月が夏川を怪我させないように食い止める。俺がぶら下がってもびくともしない香月の腕にはビビったが、俺の必死の説得で何とか二人を引き離すことができた。
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