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ストレンジ・デイズ



夏川のことなど特に知りたいわけではないのだが、ここまで言われてしまうと話を聞くしかない。俺はなんとなくかしこまって、奴の声に耳を傾けた。

「俺の母親と父親は行きつけの店で知り合って付き合うようになったんだけど、父親はずっと素性を隠したままだったんだよ」

「素性…?」

「俺が言うのもなんだけど、夏川家っていえばの一般人でも知ってるような名家だからな。父はそこの跡継ぎで玉の輿狙いの女がわんさか寄ってきてたから、母親にも最初は普通のサラリーマンで通してて、結婚を考えるようになっても本当のことを話すタイミング完全に失ってさ」

馬鹿だよな、といつになく優しげに笑う夏川を見て父親のことがかなり好きなのだろうと思った。義理の母親への対応を見ていると、もしかすると奴は家族の前ではもっと大人しい良い子ちゃんでいるのかもしれない。

「それからしばらくして、母親が俺の事妊娠したんだよ。でも元々病弱だったから即入院で、父親は家にも内緒でプロポーズしたんだけど、精神的に負担かけるのはよくないってんで、隠してた本当の名前は無事に出産が終わるまで言わないって決めたんだ。どうせ嫌われるのが怖くて言いだせなかったんだろうけどな」

「ん? じゃああんたの母親は名前も知らない奴と付き合ってたのか?」

「違う違う。夏の川って書いてカガワって珍しいだろ。すぐに素性がバレるから香川県の香川ってことにしてたんだよ。婚約届はまだ出してなかったしな。で、それのせいで問題が起きたわけだ」

「問題……?」

「母親は早くも俺に名前つけてたんだよ。父親と出会ったのが夏で出産予定日も夏だったから、夏ってさ。これなら男でも女でも大丈夫だからって、笑ってたらしい」

「またそれは安易な…」

「でもこのままじゃ子供の名前は夏川夏になってしまうってんで、父親は出産の後本当のことを話して名前を改めて考えてもらおうと思ってたんだよ。ただ母さんは俺を産んですぐ、車の事故に巻き込まれて、それで…」

そこで夏川が少し言葉を切った。しかしすぐ、表情をいっさい変えずに話を続けた。

「父親は最後まで結局本当のこと言えないでさ、すげぇ後悔して、その罪悪感のせいで母親がつけた名前変えられずに俺がこんなことになったんだよ」

「……へえ」

夏川は笑って話していたが、さすがの無神経な俺でもつられて笑ったりはできなかった。奴の名前にそんな重い理由があるなんて予想外だ。これでもう変な名前だなんて二度と言えない。

「まあ……あれだな。あんたが自分の名前気に入ってんのは、父親が、母親のことがどんなに好きで、母親がお前と会えんのをどんなに待ってたかって、ずーっと言い続けてたからなんだろうな」

何故か奴が沈黙を貫くので、この空気を何とかしようと話を終わらせるために言った言葉。しかしそれを聞いて動きが止まってしまった夏川は、そのままの顔で俺の事をなぜか睨み付けていた。

「気に入ってるって、何でお前が知ってんだよ」

「は? 前に自分で言ってただろ。なに忘れてんだよ」

なぜか喧嘩腰になっている俺達だったが、夏川の方は本気で驚いているようだった。物凄い空気のこの場をしめくくる最適な言葉を柄にもなく選んだ俺を褒めるべきだと思うが、まさか知らずに地雷を踏んでしまっただろうか。

「この話したら大抵の奴が何て言ったらいいかわかんねぇって顔すんだけど」

「そんなたくさんの奴に話してんのかよ」

「お前だけだよ。なに反応しづらい話してんだよって怒った顔しながら、すげぇ良い事言ってきたの」

「……それ褒めてないよな」

夏川は笑いながら俺の顔を見ていた。今までいけすかない男だと思っていた奴の素顔がほんの少し見えた気がして、夏川に対するイメージがちょっと変わっていった。


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