ストレンジ・デイズ
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夏川は俺の言葉にしばらく何も言わなかった。
少し考えていた割には、返ってきたのは予想通りの言葉だった。
「……そりゃあお前、あんなダッサイ奴と仲良くなんかできるかよ。俺のイメージが崩れるだろ」
「だったらあんなアホみたいな変装やめさせたら?」
「アホってお前」
「あんな格好させてんのは、小山内が襲われないようにするためだろ。でも結局、苛められたりしてんだから一緒じゃね?」
忘れかけていたが、夏川がデフの連中から小山内を助けたらしいことは遊貴先輩から聞いた。ならばあんなダサい格好させるよりそのままの姿で夏川の従兄弟ということを公表した方がよっぽど安心ではないだろうか。
「それともお前、何か敵でもいんの」
「敵ぃ? 俺を脅かすような奴がここにいるわけねぇだろ」
「だったらいいじゃねぇか。小山内を普通の姿にしてやれよ。あいつ、お前が言うから我慢してあんな格好してんじゃねぇかな。そんなの可哀相だろ。あいつのことなら、俺もなるべく見守ってやるようにするから……」
「おい」
突然夏川に腕を掴まれて、俺はその場で硬直した。奴がいつになく真剣で、鬼気迫る表情をしていたからだ。
「お前、マジで余計なことすんなよ……マジで…!」
「余計なことって何だよ」
「てめぇは何にもわかってねぇからそんなことが言えるんだよ。部外者が口出しすんな」
「はぁ? そんなに言うならちゃんと俺にわかるように説明しろよ。じゃなきゃわかんねぇのは当然だろうが」
夏川の物言いにカチンときて強く言い返す。散々俺のことには口を出してくるくせに、自分のことになるとなぜこんな態度なのか。
「……俺はあいつとの関係を、美作に知られるわけにはいかねぇんだよ」
「美作……ってあの可愛い漢次郎?」
美作漢次郎とは、夏川親衛隊の隊長であり、怜悧にも迫るかわいさを持つ男子である。大変愛らしい容姿をしているので、俺の癒し担当になっている先輩だ。
「あいつにだけは俺と小山内の関係がバレるわけにはいかねぇ。絶っっ対にだ」
「何で?」
「俺に近づく男は徹底的に排除するからに決まってんだろ」
そういえば、漢次郎は俺が夏川とちょっと話しただけで俺を呼びだし釘を刺してきた。その後も俺と夏川を近づかせないように色々と頑張っているが、俺の方は可愛さしか感じない。
「まあ確かにちょっと頑張りすぎるとこあるよな〜、そこが可愛いんだけど」
「お前は、何も、わかってない!!」
「……?」
突然キレ始めた夏川にいったいどうしたのかと眉をひそめる。無駄にいい顔が苦悶の表情を浮かべていた。
「美作はちょっとでも俺に近づいてきた男には、言葉にするのも恐ろしいレベルのえげつない制裁を加えるんだよ。あいつ自身ああ見えて結構強いから、並みの男じゃまず勝てねぇし」
「制裁って大袈裟な。ちょっとオーバーに脅されたけど、結局小学生並みの嫌がらせくらいしかされてないぜ」
「馬鹿野郎、それはお前が女だからだ!!」
夏川に突きつけられた指をさっと振り払う。確かに漢次郎はフェミニストだ。が、こいつも怯えすぎじゃないだろうか。
「あんなちっこい漢次郎相手にビビりすぎ。まさか付き合ってんじゃねぇだろうな」
「あんなおっかないのとホイホイ付き合えるか」
「ええ……。お前ら人前ではあんなイチャイチャしてんのに」
「それはまあ……顔は可愛いから性格には目をつぶるというか」
「この最低ヤロー!」
あの可愛い漢次郎を何だと思ってるのか。こいつこそ漢次郎にボコボコにされるべきではと思わずにはいられない。
「そんなこと言って、お前だってもし男だってバレたら絶対悲惨な目にあうんだからな。そりゃもう精神に異常を来すレベルで」
「はいはい。だから小山内とも仲良くできないっていうんだろ。だったら逆に従兄弟だって言ったらどうだ? それなら漢次郎も納得すんじゃねえの」
「従兄弟とかそんなのあいつに関係ないから! むしろ仲良くしてなくてもそんな関係性があったら容赦なく潰してくるような見境ない奴だから」
「お前さっきから本気で怯えてんじゃねぇか」
夏川の言葉なんて馬鹿正直に本気にとるつもりはないが、あながち嘘とも言えないくらいのビビり様だ。妹にメロメロの奴を見ても崩れなかったナルシスト夏川のイメージが、このとき初めてただのヘタレ野郎になっていた。
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