ストレンジ・デイズ
■真宮響という男
怜悧様達が帰ってからも、俺は往生際悪く電話をかけるかどうか悩んでいた。その日一日悩んだ末、俺はまず父である祐司様に電話をかけた。奥様に頼まれた件を話すと、彼は鼻で笑った。
『彼女の言ったことは忘れて良い。響の事も忘れなさい』
「え!? いいんですか?」
ひびき様と話さずにすむと思ったらつい本音が出てしまったが、良いわけがない。むしろ旦那様がそんなことを言うなんて、良くない兆候だ。
『響……あいつはもう駄目だ。いい歳してまだ悪い連中とばかり付き合ってちっとも成長しない。のんきに不良でいられるのも未成年のうちだけだというのに、ろくに通ってない大学はすでにやめてもらった』
「ほ、ほんとですか? そんなの知らなかったです、俺」
『あいつのことを知る必要なんかない。忘れろと言っただろう』
ひびき様ととにかく関わりたくない。そう思って家を出た後の彼の事は気にしないようにしていた。大学に通っていないことはもちろん、やめていたことも知らない。
『仕送りも先月で終わりだ。響と正式に縁を切る手筈は整っている』
「旦那様、傷害事件とはいえひびき様も怪我をされたと聞いています。もう少し話し合われても良いのでは」
ひびき様は仮にも真宮家の長男なのだ。いくら喧嘩しまくりの不良グループのリーダーだとしても、そんな簡単に見捨てるようなことしていいとは思えなかった。
『例え仮に喧嘩を吹っ掛けられたのが響の方だとしても、結果的に相手は重症。響はもう退院してピンピンしている。今回は金を出して助ける代わりに今後一切の縁を切る約束をした。これは決定事項だ。香月、あいつはもう赤の他人だぞ、いいな』
「……はい」
旦那様の有無を言わさぬ口調に、俺は頷くしかなかった。前々からこの親子の仲は最悪だったのだ。このままでは俺がひびき様にただ家に戻る様に説得しても無意味だと悟った。
電話をかけたふりをして、説得に失敗したと嘘をつくのは簡単だ。けれど真宮家の人々に世話になっている身で、彼らを騙すようなことはできなかった。
「……やるしかないか」
時間はすでに深夜12時をまわっている。同居人の東海林さんはとっくに夢の中だ。一人言で自分を奮い立たせて、もうかけることはないと思っていた番号を押した。
「出るな出るな…頼む出ないでくれ……」
勢いで電話をかけたものの覚悟など決まっていなかった事に発信音が聞こえてから気づいた。こんな時間帯、普通なら寝ていてもおかしくない。
乙香様はひびき様が俺に懐いてたなんて言っていたが、それは間違いだ。彼が俺からの電話を無視する可能性は大いにあった。
『……誰?』
「!」
電話越しからひびき様の声が聞こえて、俺は一瞬息が止まった。久しぶり聞く彼の声は少し響介様に似ている。緊張しながらも俺は唾を飲み込んで声を絞り出した。
「お久しぶりです、ひびき様。香月です」
「……香月? マジで香月か?」
なぜ俺だとわからなかったのだろうと一瞬疑問に思ったが、ここに山田和希として来ることになって携帯をまるごと買い換えたことを思い出した。その時番号も変えたから、俺の名前が表示されるはずもない。
『お前何で携帯……まさか祐司に番号変えさせられたのか?』
「いえ、そうでなく…」
「お前の意思で変えたとか言ったらぶっ飛ばすぞ。で、なに? 俺のこと心配してかけてくれたわけ?」
「まあ……そうです」
本当は乙香様から頼まれたのだが、それを正直に話せば彼の機嫌は悪くなるだろう。それを見越して嘘をついたが、ひびき様にはすぐにバレた。
『嘘つけ。どうせあのオバサンにでも頼まれたんだろ。あいつら面倒なことは何でも香月に頼むからな。乙香も何でこういう時にだけしゃしゃり出てくるんだか』
冷めたような突き放した口調は相変わらずで、今更それを指摘して叱る気にもなれない。真宮家から勘当されても、ちっとも気にしていない様子だった。
「ひびき様、お願いします。もう一度旦那様と話し合いましょう。ひびき様が謝ってくだされば、旦那様もきっと……」
『謝るって、俺が謝るのか? あり得ねぇ。変なこと言うなよ笑うわ。どうかしてるぜ、お前』
「例えひびき様が悪くなくても謝るべきです。このままでは響介様や怜悧様にも会えなくなるかもしれないんですよ。旦那様は本気で怒ればそれくらいのことはします」
ひびき様は横暴な性格ではあるものの、下の弟妹達とはやや歳が離れていることもあって比較的仲が良かった。怜悧様には本性がバレつつあるので敬遠されているが、響介様とは男兄弟にしては仲が良い。あの二人になら家族としての情が残ってるはずだ。現に彼は少し考え込んでいた。
『そうだな、どーしてもっていうなら、香月が俺に頼みに来い』
「え?」
『お前が直接俺を説得してくれるなら、考えても良いって言ってんだよ』
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