ストレンジ・デイズ
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それから暫くもたたないうちに、一人の男が現れた。全速力で走ってきたらしいそいつは、俺の姿を見るなり涙を流しながら飛び付いてきた。
「キョウ様! ご無事ですか!?」
「香月…」
夏でも爽やかで、いつも余裕綽々の香月が、今は汗だくになりながら顔をくしゃくしゃにしている。その姿を隣で見ていた遊貴先輩はかなり驚いていた。
「ヘーキ、ヘーキ。何ともない」
「デフに襲われたって、余目君に聞いて、もう生きた心地がしませんでした」
「何かされる前に助けがきたから大丈夫だって。そんな泣くなよ。ほら、怪我もねぇだろ」
「よ、良かった……」
はーっと安堵の息をつく香月。今のところ香月はただ俺の無事を喜んでいるだけだが、事情を話せば怒られるんだろうなと思いつつ、俺は重い口を開いた。
「ただ、大丈夫じゃないこともあるんだよな」
「? なんですか?!」
「実は、俺を襲ってきた奴らに男だってバレた」
「え!?」
「ついでに後ろにいるゆーき先輩にもバレた」
「はあ!?」
香月は今初めて先輩の存在に気づいたらしく、飛び上がって驚いていた。数秒ほど固まっていたかと思うと、俺の肩を掴んで揺さぶった。
「その男達はいまどこに? 他に誰かにバレましたか!?」
「いやそれは大丈夫…って香月まだ善達の方に行ってねえの?」
「余目くんから電話をもらって事情を聞いたんですが、キョウ様がここに運ばれたって聞いたらいてもたってもいられなくなって、こっちに来てしまいました」
そう言った香月は眼鏡もかけておらず、いつもの教師としての姿ではなかった。それほど必死で俺のところまで来てくれたのだろう。こいつがなりふり構わず駆けつけてくれた事がとても嬉しかった。
「香月に頼みがある。このままじゃ俺はここを追い出されちまう。いま奴らは鬼頭にボコボコにされて気絶してるけど、目が覚めたら俺のことを黙ってもらえるように頼んでくれないか。この件に関して俺はあいつらを訴えないって条件を出したら、受け入れてくれるかもしれないし。香月なら、あいつらと誰よりも早く接触できるだろ」
「キョウ様…」
香月がそっと俺の手を握りしめながら膝をつく。久しぶりに真っ向から見る素顔の香月は、男の俺でも認めるほどの男前だった。
「のびてる三人全員にバレてるんだ。ゆーき先輩は黙っててくれるって言ってくれてるし、ダメ元で頼むよ」
香月が俺の言葉に振りかえると、遊貴先輩が気まずそうに視線をそらす。俺は香月の髪の毛をあえてボサボサにしてやった。
「な、なにをするんですか」
「眼鏡がねぇならせめて髪型だけでも、ってな。今のお前見たら、誰だこいつってなるだろ」
香月の髪を好き放題してモサモサにする。前髪の隙間からのぞく大きな瞳と目があって、少しの間そらせなくなった。しばらく意味もなく見つめあっていた俺達だったが、香月がすっと立ち上がって頷いた。
「わかりました。俺はキョウ様の性別がバレないように彼らの口封じにいきます」
「いや、それだとなんか殺すみたいな感じになってるから。交渉してほしいだけだから」
「大丈夫、全部この俺にお任せください」
香月は遊貴先輩の方に向き直ると、彼に向かって頭を下げた。
「樽岸くん、小宮さんを助けてくれてありがとうございました。あとであなたにも改めてお礼をします。その時には色々と話を聞きたいところですが、とりあえず今から先生は余目君のところへ行くので小宮さんをお願いします」
「…あ、はい」
「何かあれば連絡を。では失礼します」
そのまま香月は走って外へ出ていってしまう。俺がここに残れるかどうかは香月の交渉術にかかっている。香月の背中を見送りながら俺はうまくいくようにとひたすら祈っていた。
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