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ストレンジ・デイズ
■誘惑と葛藤


波乱のマラソン大会から数日後、廊下を歩いていた俺はとんでもない光景を目の当たりにしてその場から動けなくなった。自分の目が捉えたものがまだ受け付けられない。いや、きっとこれは幻か何かなのだろう。ここ最近はずっと忙しかったし、疲れているのかもしれない。現在進行形で見えているがそれも疲労が見せた幻覚なんだ。

「山田先生〜! 何でそんなとこでぼーっと突っ立ってんだよ」

マネキン人形のように棒立ちになる俺に気づいた藤堂先生が話しかけてくる。正常な思考を取り戻すのに必死だった俺は反応できず、そのまま突っ立っていた。

「おいおい瞬きくらいしろよ怖いな。何見てんの……って副会長?」

俺の視線の先を追った先生が富里君の名前を口にする。あれ、俺の幻が藤堂先生にも見えているのだろうか。

「あー、あれね。気になるよな。何だってあんな暑そうなマフラーしてんのかね。もうすぐ7月だぜ」

「先生にも見えるんですか!? あのマフラーが!」

「え? そりゃ嫌でも気づくよ。だってあいつ一昨日ぐらいからずーっとつけてるもん。罰ゲームか何なのか知らねーけどつらすぎるだろ、アレ」

「うわああああ」

「ど、どうした!?」

突然その場に崩れ落ちた俺を慌てて支える藤堂先生。彼には知らなかっただろうが、あのマフラーは響介様が随分前からずっと一生懸命編んでいた物だ。それこそ寮でも授業中でも、隙あらば真剣にあくせくと手を動かしていた。何故編み物をしているのか訊いても絶対おしえてくれなかったのに、まさか富里君にプレゼントするためだったなんて。

おそらく富里君を惚れさせようとする策なのだろうが、そもそも響介様は本来自分と妹以外のためには何もしない人だ。ここに来てから少しずつ変わりつつあるが、いくら作戦とはいえ嫌いな相手のためにマフラーなんて編めるだろうか。否、世界中の誰が編んだとしても響介様は編まない。そういう人だ。

もしかすると、響介様は自分でも無自覚のうちに富里君に一種の好意を抱いているのかもしれない。いや、もうそうとしか考えられない。彼は良い子だし響介様が気に入るのもわかる。でも俺や怜悧様もまだ貰ったことのない手編みのマフラーをあんなにも簡単にプレゼントとして贈ってもらえる富里君が羨ましすぎてどうにかなりそうだった。

「……俺も、マフラーが、欲しい」

「マフラー?! 何言ってんの!?」

そのまま崩れ落ちた俺を藤堂先生が咄嗟に支えてくれる。あまりのショックに俺は目頭が熱くなり、そのまま目の前の布で涙を拭いた。

「山田先生それ俺のスーツ」

「うっ、う、すびばっ、せん…っ」

「……え、泣いてんの? 何で?」

みっともなく顔をくしゃくしゃにする俺の頭を藤堂さんは優しく撫でてくれる。そのまま俺の胸で泣けと言わんばかりに身体をかしてくれる彼の優しさに余計に涙腺がゆるんだ。

「どうしたんだ先生、何かあったのか? そんなにマフラーが欲しいなら俺のやるけど」

「そ、そうじゃないんです…。俺は…っ」

「あー、はいはい。つらいなら言わなくていいから。とりあえず場所変えようぜ」

ここでは人目があるからと俺を支えながら移動する藤堂先生。しかしそれを制止するかのように、後ろから声がかかった。

「山田先生!」

振り返るとそこにいたのは富里君で、心配そうにこちらを見ていた。俺が倒れているところを見られたらしい。

「先生、どうかしたんですか?」

「ああ、富里か。大丈夫だ何でもない。俺が保健室に連れていくから」

「待って…!」

そう言って俺を引っ張る先生の手を掴み止める富里君。先生は顔をしかめたが富里君は困ったように俺を見た。俺は俺でもう彼のマフラーしか目に入らない。

「泣いてるんですか、先生」

富里君の首元を凝視していた俺は彼の心配そうな声で我に返る。いけない、ショックのあまり富里君のマフラーを奪い逃走、なんて馬鹿なことをしそうになった。

「いえ、大丈夫ですよ。…何でもありません」

表情を取り繕い、ずれた眼鏡をかけ直して笑顔を見せる。俺はもう自分でも驚くくらい冷静だった。

「富里君、ちょっとお話いいですか」

「えっ……い、今?」

「今です。二人きりになれるところに行きましょう」

唖然とする藤堂先生に礼を言い、富里君を引っ張っていく。この時点で俺は自分のするべきことをはっきりと理解していた。


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