ストレンジ・デイズ
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「にしても酷いな、お爺ちゃん。僕が来る前にこんな大事なこと決めようとするなんて」
うさん臭い笑顔を振り撒きながらこちらに近づいてきた保険医に、唄子達のドラマみたいな言い争いが止まった。そういえばこいつもこの話し合いに呼ばれていたんだっけか。
「保、お前は仕事があるだろう。それに、自分から権利を放棄したお前が参加する必要はない」
「えー、せっかくこの件を円満に解決できる方法を提示しようとしてる僕に、そんなこと言って良いのかなぁ」
「なに?」
奴からの思わぬ提案に祖父も顔色を変える。唄子には甘いのにこの眼鏡の孫には結構態度が冷たい。あんまり可愛がりたくないタイプだから不思議でもないが。
「簡単なことさ。唄子も歌音も後を継ぎたくないなら、僕が理事長になるよ」
「「は?」」
唄子とじいさんの声がハモった。まさかこいつがそんなことを言ってくるなんて思わず、俺もかなりビックリした。
「お前、あんなにやらんとはっきり言っとったじゃないか」
「やだなぁ、あれは可愛いイトコと醜い争いをしたくなかったからだよ。二人ともやりたくないなんて知らなかったからさ」
「……」
いまだに信じられないのか理事長と唄子は微妙な顔をしながら顔を見合わせている。あまりにも嘘臭いので疑う気持ちはわからないでもない。
「とはいえ、お爺ちゃんはまだまだ現役だし時間もある。歌音や唄子が途中で気を変えたらいつでも譲るよ。だからとりあえず、暫定的に僕ってことでどう? 異存ある人いる?」
「…………ないです」
いくら不安だろうとも裏に何かありそうでも、代わりにやりますと言える人もおらず。結局、このサド保険医に学校を任せるということで話し合いは終わってしまった。
「まったく、あいつ一体なに考えてんの? ワケわかんない!」
寮に戻ってきた唄子はずっと保険医のことをぼやいていた。俺とはさっきかなり険悪なムードになったことなんか忘れてるようだ。
「絶対何か理由があるはずなのに……それがわからないのが悔しい! キョウちゃんも黙ってないで何とか言ってよ」
「……知らねーよ、んなもん」
「……」
俺の不機嫌な態度に唄子もさっきの一悶着を思いだしたらしい。がなりたてるのをやめて大人しく椅子の上に座った。
「……さっきは、ごめん。酷い言い方して」
「……!?」
素直に謝る唄子に無言で驚く俺。こいつが俺に頭を下げるなんて、今日のこいつは兄貴やイトコのこと言えないくらい別人みたいだ。
「あんな言い方するつもりじゃなかったんだけど、つい頭に血が上って……」
「いや、別に、もういいけど」
そんな風に謝られるともうこっちは何も言えなくなる。俺の方も怒りはほとんど冷めていたし、これ以上喧嘩するのはやめることにした。
「お兄ちゃんはね、昔からずっと自分よりあたしのことを優先してくれてたの。あたしが我が儘言ってもはいはいって笑顔できいてくれて、ずっとそれに甘えてた。お兄ちゃんが初めて自分から何かしたいって言ってくれたから、それを応援することが恩返しだって何でもするつもりだった。でもその夢だってあたしのためにまた諦めるかもしれない。だから、絶対に隠し通すって決めてたんだけど」
「……」
聞けば聞くほど勝手に判断してペラペラしゃべった俺が悪いような気がする。いや、それでも俺は謝らないぞ。俺はただ事実を伝えただけだ。
「バレてみれば、案の定その通りになったわけだけど。でも黙っとくのしんどかったし結果的には話してくれて良かったわ。今回に関して言えば、あいつに助けられた。癪だけど感謝しなきゃ」
「あのお前の苦手なイトコ? あいつだってやりたくねーんだろうに、何であんなこと言い出したんだろうな」
「案外、本当は興味あってやりたかったってだけかもね。他にあいつのメリットも見つからないし」
「そうかぁ……?」
俺はあの眼鏡白衣のことは、人を虐めるのが趣味のドS野郎だということぐらいしか知らない。だがただやりたいなんて理由で名乗り出たわけじゃないという確信があった。なんでそんな確信があるのかは自分でもわからなかったが、唄子の言う通り説明できる理由も思いつかず俺はすぐに深く考えるのはやめた。
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