ストレンジ・デイズ
□
「……」
人気の殆どない4階の空き教室に入った俺達は、暫しの間睨みあった。ゆーき先輩達の方は俺の姿をまじまじと見ていただけだったが。
「ほんとに、響介なのか?」
ゆーき先輩の顔は崩れて、見たことのないような頼りない表情になっている。今さらほんとも糞もないだろうと、少しイライラしながら答えた。
「当たり前じゃないですか。昨日ちゃんと言ったのに、先輩殴んだもん。痛くて朝御飯もちゃんと食べられねーし、もう最悪」
ズキズキした痛みがイライラに繋がりつい言い過ぎてしまう。こんな態度を先輩にとったら普通は処刑ものだが、今の先輩は違った。
「……ご、ごめんなさい」
「遊貴が謝った!?」
突然の謝罪に俺と金髪が二人して驚く。生きているうちに遊貴先輩からごめんなさいなんて言葉が聞けるとは思っていなかった。ていうかこの悪魔、謝れたのか。
「遊貴落ち着け、こいつはお前の後輩なんだろ? まさかこの面にほだされてんじゃないだろうな」
「あ! …ああ、そうか。響介か。いや未だに信じられなくて、つい」
確かにこんなひ弱で可愛い小宮今日子を傷物にしたとあれば謝りたくもなるだろう。ただでさえ悪かった先輩の顔色がますます悪くなっていった。
「……どーしよ。俺、荒木さんに殺される。荒木さんだけじゃねぇ、山田先生にも殺される」
「こ、ここ怖いこと言うなよ。大丈夫だって、まだバレてねーんだから。おいキョースケとやら! てめーこのこと荒木さんにチクったら許さねーからな!」
「荒木さんって誰」
「誰って、……ちょっと前にお前のクラスの副担から紹介してもらったことあっただろ?!」
「?」
金髪の言葉に疑問符がわく。クラスの副担って、香月のことだよな。香月から紹介って……あー、そういやそんなこともあったようななかったような。
「つーかこれ、荒木さんに報告した方がいいんじゃ。小宮今日子が男だったって」
「うぇっ、誰にも言っちゃ駄目だって!」
金髪がとんでもないことを言い出したので慌てて止める。荒木さんだか誰だか知らんが俺の正体を知る人間をこれ以上増やしてたまるか。
「……いや、話したら俺が小宮を殴ったこともバレる。隠し通すしかない」
「でもそれじゃ荒木さんを騙すことになんだろ! 男だってわかれば、荒木さんだってきっと怒らねーよ」
「そんなのわからないだろ。あの人バイだし、気にしねーかも。それに山田先生が……」
「ちょっと! ちょっとってば!」
相談してるとこ悪いが荒木さんとやらに話すのはナシだからな! そんなことしたらさすがの俺も香月にお前らこてんぱんにしてもらうしかなくなるんだからな!
その後色々話し合った俺たちは、結局この件をお互いに忘れることにした。俺はゆーき先輩に怪我させられたことは誰にも言わない、ゆーき先輩達は俺の正体をバラさない。そしてこれからはなるべくお互いに干渉しない。荒木さんとやらの前では他人のふり。荒木さんが誰かはわからないが、とにかく知らぬ存ぜぬで通せばいいのだから俺にとっては好条件だ。
「てゆーかお前、そもそも何で女装なんかやってんだっけ?」
「だから! それは追求しない約束じゃないっすか!」
「バカ遊貴、んなの趣味に決まってんだろ。ほっといてやれよ」
「あー……了解」
「ちっげーし!」
その後、どうやって入学できたのかとかルームメイトをどう誤魔化しているのかとか色々聞かれたが、全部企業秘密で通した。お互いにギリギリの線を渡っているので、深く追求されることもなく俺はこのピンチをとりあえずは凌いだのだった。
クラスに戻った俺を、唄子達が心配そうな顔で出迎えた。不良二人組に拉致られたとあって、彼らは根掘り葉掘り訊いてきた。
「キョーコさぁぁぁん! 大丈夫だった!? 僕、助けに行こうとしたんだけど……」
「俺が止めたんだよ。キョウが大丈夫だっつーからさ。何もされなかったか?」
善ががっしりと鬼頭の腕をとってキープしている。そのまま一生奴をキープしてくれれば俺も毎日過ごしやすくなるのだが。
「とりあえずケガとかしてなくて良かった! あの後すぐ香月さんに電話で事情を説明したんだけど、樽岸君達なら大丈夫だって言われたの。何がどうなってるの?」
唄子の言葉に、こっちが一体どうなってるのかと訊きたくなった。ゆーき先輩こそ一番の危険人物なのに、その信頼はどこからきてるんだ香月の奴。
「……もしかして、荒木先輩関係の話?」
「へ」
唄子が目をキラキラさせながら口にした名前に、お前も知ってるのかと驚いた。荒木さんとやらはよっぽど有名人らしい。俺は一度会ったことがあるらしいが、顔も名前もすっかり忘れてしまっていた。
だがせっかく唄子が勘違いしてくれそうなのだ。このままそれに乗っかってしまおう。
「あー、確か荒木さんと仲良くしてほしいとか、そんなこと言ってたような……」
「やっぱり!? きゃー! 不良だけど荒木さんなら許せるわ! 仲良くしなさいよキョウちゃん!」
ここ数日、おとなしくなっていた唄子のテンションがめちゃくちゃ上がっていく。そのおかげもあってかうまく誤魔化すことができて、なんとか俺の失態は唄子にバレずに済んだ。
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