ストレンジ・デイズ
□災い転じて
その後すぐに遊貴先輩から解放してもらえた俺だったが、寮に戻る頃には恐怖のあまり魂が抜かれた脱け殻のような状態になっていた。顔は痛いわ正体バレるわで散々だ。とりあえずこの怪我はマスクでもして隠そう……と思っていたのに、玄関で待ち構えていた唄子にあっさりバレてしまった。
「ちょっとキョウちゃん! なにその顔!」
「え、何が?」
「何がじゃない! そんな不自然に手で顔隠してたら逆に目立つわよ!」
唄子に見えないように必死に手でカバーしていたがまったくの無意味だったらしい。ヒステリックに叫ぶ唄子に俺の方は逆に冷静になってくる。唄子をさけて部屋に入り、手鏡で顔を確認しながら奴を睨み付けた。
「つーか何待ち伏せしてんだよ。さっさと寝とけって」
「こういうのは待ち伏せとは言わないの。キョウちゃんがあんまり遅いから心配してたんでしょ! 誰にやられたの?」
「……別に、走ってたら顔面から転んだだけだし」
「嘘ばっかり!」
なぜかあっさりバレる俺の嘘。だが遊貴先輩のことは唄子には知られたくない。俺の弱点をこいつに晒せないというのもあるが、こいつにバレるということは唄子と通通の香月にも知られるということで。遊貴先輩ほどではないが香月も怒るとかなり怖いのだ。ペナルティーもあるかもしれない。何が何でも誤魔化してやる。
「別にお前に関係ねーだろ。この事もし香月にバラしたら……」
唄子の机の本棚にあったアルバムをとっさに奪う。以前も使ったこの手は、前回はとてもうまくいった。
「お前が必死に隠してるこのアルバムの中身、見てやるからな!」
「……別にいいけど」
「えっ、……はぁ!?」
前はあれだけ嫌がっていたのに、どういう心境の変化だ。唄子に対する保険医以外の唯一の切り札だったのに。
「だってキョウちゃんの安全の方が大事だし。見られんのはやだけど、その怪我なかったことにはしないから」
「う、唄子のくせに…! 後悔したって知らないからな!」
そんな強がりを言っても本当にアルバムを見ようとすれば止めてくるだろうと思っていたが、表紙を開いても唄子は何も言わないししてこない。そのせいでアルバムにおさめられた写真がバッチリ目に入った。
「これって……何?」
てっきり唄子の過去の恥ずかしい写真でもあるのかと思っていたが、なんの変鉄もない風景写真だった。唄子どころか人すら写っていない。
「これは全部、私が撮った写真。写真部だって前に話したでしょ」
「お前が?」
そういえばそんなことを言ってた様な言わなかった様な。でもそれなら必死に隠すようなものでもないだろうに。
俺の考えていることが伝わったのか、唄子はぼそぼそと言い訳するように呟いた。
「……恥ずかしいじゃない。これは一番古いもので、小学生の時から撮った写真だってあるし」
「……」
何て、何てしょーもない理由なんだ。あれだけ必死に隠していたから、何かとんでもない秘密があると思ってたのに。俺のワクワクを返せ。
「……お前って、やっぱよくわかんねー奴だな」
「何でよ! だってキョウちゃん絶対茶化してくると思ったんだもん。秘密にしときたくもなるでしょ」
「別にそんなことしねぇし……」
お前の中の俺はどれだけ幼稚なのか。隅々まで見たわけではないが、唄子の撮った写真はおかしくなんかないし、むしろプロが撮ったみたいで感心してたくらいだ。
「これとかすげーじゃん。どこの山? 小学生でこんな綺麗に撮れんなら、プロでも目指せばいいのに」
「プロなんかなれるわけないでしょ。いいカメラ使えば誰だってこれくらい撮れるもんなの。よく知らないくせに簡単に言わないでよ」
せっかく誉めてやったのに不機嫌になる唄子にかなりイラつく。やっぱりこいつ見た目以前に中身が可愛くない。
「てゆーか、そんなこと今はどうでもいいし。とにかく、香月さんには連絡するからね」
「……どーぞご勝手に」
容赦なく香月に電話をかける唄子を睨み付けながらも、俺はもう香月に怒られる覚悟を決めていた。よくよく考えれば、こいつの口を封じてもこの怪我じゃどうせ香月に問い詰められるんだから。
「うわああああ!」
「うるせーよ! 今何時だと思ってんだ!」
連絡を受け駆けつけた香月は、俺の怪我を見た途端悲鳴をあげた。しかも半泣きで取り乱しまくっているし、せっかくの上品な顔が台無しだ。
「キョウ様の綺麗な顔が……なんて惨いことに!」
「お前の泣きべその面の方がむごい」
「誰が、誰がこんな酷いことを……」
「暗くて顔はよく見えなかった。すぐに逃げてきたし」
知り合いでしかも俺の正体はバレました。っていうのは勿論内緒だ。幸い今は俺の顔の怪我に気をとられて怒られていないが、本当の事を言えばどうなるかわからない。
「……ぶっころす」
「え?」
「絶対犯人見つけて、一生後悔させてやる…ッ!」
「香月さん! 顔が、顔怖いですっ」
「……」
唄子に必死になだめられながらも、我が子の一大事並みにキレる香月に驚きつつ、その怒りの矛先がこちらに向かなかったことに安堵する。昔から俺の側にいるせいで親心みたいのものが芽生えてるのだろう。……この香月の執念を見ると、遊貴先輩のこともバレてしまいそうで怖い。いや、俺にとってはそれはそれで都合がいいのかもしれないが。
その後、俺は香月や唄子から根掘り葉掘り訊かれ、これからは迂闊に一人にならない、夜は出歩かない、男の姿で絶対に出歩かない事を誓わされた。俺の方ももうあんな目にあうのは嫌だったので、言われなくともそうするつもりだった。
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