ストレンジ・デイズ
□
「小山内、です」
「は?」
「小山内、希望です」
極限状態の中、俺が思いだしたのはうちのクラスのいじめられっ子、小山内の名前だった。自分でもなぜあいつの名前をしっかり記憶できていたのかはわからない。だが小山内なら目立たず顔もよく見えない。若干身長は足りないがうまく誤魔化せるだろう。自信はあった。なのに、
「小山内だぁ? てめぇ、この期に及んで何危ねー嘘ついてんだよ」
「う、嘘じゃな…」
「小山内っつったら関わっちゃ駄目な一年リストの上位だろーが! 俺が知らねーとでも思ったか!」
「え、そうなの?」
そんなこと初耳だ。すごい絡まれて虐められてるイメージしかないのに。いや、だがそういえばここ最近はあまり集団でイビられてる姿は見ない気がする。見えないようにしてるのかもしれないか。
「小山内ってあの、会長のオンナだっけ? だっさいガリガリの眼鏡なんだろ。あのナルシスト会長があんなのが好きとか、マジで趣味悪」
にやにやと笑う金髪の言葉がうまく飲み込めなかった。誰が誰のオンナって言った?
「会長って誰? デフの会長?」
「何でだよ、んなもんいねーよ。うちの学校の生徒会長に決まってんだろ」
「うぇえ?」
生徒会長って、まさかあのナルシストの夏川夏? あいつと小山内ができてるだって?
「いやいや、それはないっしょ!」
思わず素で突っ込んでしまった。だって夏川といえば小山内を邪険にして嫌っている張本人だ。小山内の方は何故かなついている様子だったが、あの二人がデキてるなんて絶対にあり得ない。
「小山内をカモにしたうちの連中が、そのすぐ後に夏川にボコされたんだよ。しかも二度と手を出すなって警告までされてな。どうせ会長のセフレの一人だろーけど、あいつまじ権力使って潰しにくるから、夏川には関わらないってのがデフでは暗黙のルールなわけ」
「……」
話がこんがらがってよくわからなくなってきた。小山内が夏川のセフレだなんて、そんなわけがないとは思うけど、遊貴先輩が嘘をつく理由はないし、今の話自体は本当なのだろう。それに小山内はああ見えて素顔はうちの怜悧に匹敵する可愛さだ。あの節操なしな会長が目をつけてもおかしくない。
「ってことはつまり、あのバ会長と小山内は裏でこそこそ付き合って……うわああ、何かヤダ!」
あともう少しで嫌な想像してしまうところだった。別にあいつらが二人で何してたって俺には関係ないはずなのに、どうにも気になって仕方ない。会長問い詰めて白黒はっきりつけた方が……と動揺したまま考えを巡らせていた時、胸ぐらを思いきり掴み上げられた。
「響介ェ、お前俺を馬鹿にしてんのか。今そんなことどーだっていいんだよ。何度も嘘つきやがって、よっぽど痛い目みてぇらしいな」
「ひいっ」
そうだ、俺には今もっと直面してる問題があった。超怖い遊貴先輩に三度も嘘をついたのだ。もう生きて帰れないかもしれない。
「これが最後のチャンスだぜ。今使ってる本当の名前とクラスを言え。次嘘ついたら死んでも許さねぇ。痛い思いしたくなかったらさっさと吐けよ」
「……」
本当の名前たって、小宮今日子なんて言って信じてもらえるわけがない。でも嘘もつけない。遊貴先輩は本気だ。俺を傷つけるくらい簡単にするだろう。ならもう俺にできることは、正直になってわかってもらうことしかない。
「……小宮今日子です」
「……ん?」
「今の偽名は小宮今日子です。A組にいます。信じられないかもしれませんが、本当なんです」
しばらく妙な間があった。金髪もゆーき先輩も硬直していたが、すぐに鬼の形相で拳を構えた。
「てめぇ、よっぽと死にたいみたいだなぁ…!!」
「わー! こうなるから言いたくなかったんすよ! 嘘みたいだけど、ほんとなんです!」
「いや、小宮今日子って。もっとまともな嘘つけよ……。遊貴、お前の後輩って馬鹿だなー」
見るからにアホそうな金髪にも馬鹿にされた。確かに俺だって逆の立場なら同じことを思っただろう。でもこれは事実で、これ以上俺に弁明することはできなかった。
「俺だって信じてもらえないのはわかります! でも本当なんだから仕方ないじゃないっすか! こんな状況で嘘突き通す程馬鹿じゃありません!」
「んじゃ何か? てめーは女装してこの学校通ってるってのか?」
「そ、そうなんです……」
聞けば聞くほど苦しい言い訳にしか聞こえない。何でこんなことになってるのか自分でも理解しきれていないのだから無理もない。
「あの、証拠なら今から女子寮戻ってヅラとか見せますけど」
「その必要はない」
あっさりとした先輩の言葉にひょっとして信じてくれたのかと期待した矢先、左頬に強烈な一発をくらって俺はそのまま吹っ飛ばされた。地面に転がってるとだんだん鈍い痛みが広がってくる。口も血の味がした。
「遊貴お前何やってんだよ! 何も殴ることねーだろ。一二三が戻ってきたら……」
「うるせぇ。ちゃんと手加減してるっつーの。もっとボコボコにしてやっても良かったけど」
呆然とする俺を先輩が苛ついた様子で見下ろす。次何されるかという恐怖で震える俺に冷たい視線を寄越してきた。
「喜べ響介、俺にさんざん嘘ついてきたテメーを信じて今日は帰してやる。でももし、このこと誰かにチクったりまた嘘ついてたりしたら、顔にアザのある男を必ず見つけ出して顔面ぐちゃぐちゃにしてやるからな」
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!