ストレンジ・デイズ
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「あの、キョウちゃん? 何やってるの?」
「……」
それから三日後、俺は怜俐からの提案通り奴に渡す手作りプレゼントを作っていた。何を作るかはぼんやりと歯みがきをしている時に思い付いた。手作りといったらもうこれしかないだろう。
「編み物、よね? 何で編んでるの? っていうか編み物できたの?」
「うるせーほっとけ」
教室で一人もくもくと毛糸と棒針と格闘している俺をさすがの唄子も無視できなかったらしい。唄子だけでなくクラス中の視線を地味に集めている。
プレゼントは編み物にする、と決めた俺はさっそく道具一式を買って香月に編み方を習った。奴は何故編み物なんかするのかとしつこく聞いてきたが、あくまでただの気分転換で通した。トミーのために編んでますとは絶対に言えない。少なくとも本人にプレゼントするまでは。
「おはよう、キョウ。……何してんだよ、それ」
登校したばかりの善がさっそく俺の異常な行動に気づき興味津々で突っ込んでくる。相手が善なだけに俺も無視するわけにはいかず渋々答えた。
「マフラー編んでる」
「マフラー? この時期に?」
「……いいだろ、別に」
だってマフラーが初心者にはいいって香月が言うから。俺もこの季節にどうかと思うが冬に使えばいいんだし問題ないだろう。
「今からじゃないと冬までに完成させる自信ないからじゃない?」
「ははっ、阿佐ヶ丘さんそれウケる」
ケラケラと笑い合う二人に若干いらつく。こんな細かい地道な作業、早くも挫折しそうなのにこいつらときたら。
「キョーコさーーん! グッドモーニング〜!」
「まったうるさいのが」
朝からそんなによくテンションを上げられるものだとある意味感心する。機嫌が悪かった俺は徹底して無視を続けた。
「キョーコさんそれ何!? もしかして僕へのプレゼント?」
「んなわけねーだろ触るな」
ウザすぎて10秒と無視できなかった。編み物も身体がブレて非常にやりづらい。
「キョウちゃん、まさかそのマフラーあげる相手って……」
「お姉様ーー!」
唄子がそう言いかけた瞬間、教室に走りながら登校した柊が一目散に俺に駆け寄ってきた。それと同時に鬼頭が素早く俺から離れて善の後ろに隠れる。どうやらこいつもこいつでこの変態女が苦手らしい。柊も鬼頭がいるのに近づいてくるなんて、よっぽど重要な用事でもあるのか。
「これ! この校内新聞読みましたか!?」
「新聞?」
「ここの一面読んでくださいよ〜っ、とんでもないこと書いてあるんですから!」
またしても新聞かとうんざりしつつ、柊が押し付けてきた新聞を読み上げる。
「えー、『長らく富里副会長との交際を否定し、ただの良い友達だと言い続けてきた1年の七竈まどか様が、今年のマラソン大会の優勝者にはご褒美を与えると公言した。なんと一位の栄光を勝ち取った者のお願いを、何でも1つだけきいてくれるというのだ。これを聞いて、まどか様ファン達は大騒ぎ。今年のマラソン大会は例年にない盛り上がりを見せることだろう』……って、何だこりゃ」
「七竈の奴、こんな安っぽい手でファンを増やそうとしてるんですよ!? 許せますか!?」
「許せますかって……」
そんなこと言われても関係ないとしか答えられない。それよりも七竈がトミーとはただの友達だと言いきったこと方に関心がある。優勝者のお願いを何でもきくなんてリスキーな賞品を口にしたことといい、トミーとはやっぱり何でもなかったのだろう。
「俺には関係ねーし」
「あらキョウちゃん、ほんとにそうかしら」
「は?」
唄子に口を挟まれ、俺は久しぶりに奴の顔を見た。七竈がでしゃばってきた割りには口調は落ち着いている。
「キョウちゃん、もうこれで七竈まどかが富里先輩にまとわりつかないって思ってるんでしょ」
「実際そういうことだろ、これって」
「甘いわね。富里先輩が優勝でもしたらどうするのよ」
「あいつがぁ? 走ったりできねーだろあの運動音痴」
「だからー、うちのマラソン大会は走るだけじゃないんだって。クイズがあるの」
「だ、だから何だよ」
「もしクイズに、富里先輩レベルじゃないと答えられない超難問があったら、いくら他が俊足でも優勝は無理。あのクイズにはパスがないのよ、答えられる人がくるまで次の問題には進まない」
「いやいや、ないない」
いくら何でも高校生相手にそこまで難しい問題は出さないだろう。それは最早マラソン大会じゃない。
「今年、問題の難易度を前年よりあげるそうよ」
「へ」
「私が知ってるくらいなんだもの。七竈は体育委員でマラソン大会を取り仕切ってる人間の一人。内部の情報にはもっと詳しいでしょうね」
「ということは、つまり……?」
「富里先輩がマラソン大会で優勝、そして自分に愛の告白、それが七竈の筋書きかもよ」
「な、何でそんな回りくどいことを」
「馬鹿ね、女ってのはいつだってシチュエーションを重視するものなの」
「シチュエーション……」
よく意味がわからないが、とにかく七竈はまだトミーを諦めていないかもしれないということか。トミーだって、あの女に好意を持っているという可能性がなくなったわけではない。
「ど、どうしよう。俺、どうすれば」
「落ち着いて、キョウちゃんが今するべきことはマフラーを編むことじゃないわ。いや、もちろんそれはそれで勝手にやってくれていいんだけど」
動揺のあまり柄にもなく狼狽える俺の肩に、唄子がそっと手を乗せる。そして奴は右手に拳を作ると、にっこり笑ってこう続けた。
「キョウちゃん、今年のマラソン大会は絶対に“あなたが”優勝するのよ!」
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