ストレンジ・デイズ
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話を聞いた俺は、真偽を確かめるためB組に乗り込もうとした。けれど教室に入るまでもなく、楽しそうにおしゃべりするトミーとあの女が廊下から見えて思わず足が止まった。
何やってるんだとよっぽど問い詰めてやりたかったが、もしそれで七竈が好きとか言われたらもう立ち直れない。時間がなかったこともあって、結局俺は踵を返し自分のクラスに戻った。そのせいでトミーがどうして俺よりあの女を優先してるのかわからず、その後の授業中ずっと悩み考え込むはめになった。
今の俺にアプローチされて惚れない男なんていない。ずっとそう思っていた。トミーは怜俐ですら振った猛者だが、とにかく奴にベタベタしてアピールしていればいつか報われると信じていた。けれど、それは間違っていたのかもしれない。
放課後もずっと塞ぎこんでいた俺に、唄子は珍しく何も言ってこなかった。普段なら何があったのかとお節介すぎるほど聞いてくるのに。奴も奴で悩みがあって、他人にかまってる暇がないのだろう。そしてそれは俺も同じで、その日は二人して口数少なく暗いまま夜を迎えた。
何をする気力もなく早々にベッドに潜り込んだ俺は、携帯が光っているのに気づいた。画面を見ると不在着信が一件、怜俐からだ。
超超可愛い妹からの電話に気づかないなんてびっくりだ。俺はすぐさまかけ直した。
『もしもし? お兄ちゃん?』
「怜俐〜〜! ごめんなぁ、さっき電話に出られなくて」
キュートな怜俐の声を聞いてすぐに気分が浮上する。今すぐ実家に帰って妹を抱き締めたい。想像するだけで無意識のうちに顔がにやけてくる。本当にやったらウザいと叩かれそうだが。
『いいわよ、別に。でもお兄ちゃんが気づかないなんて珍しいよね。何かあった?』
「怜俐、お前……」
優しい妹の言葉に泣けてくる。でもトミーが他の女とくっつきそうだなんて口が避けても言えない。
「大丈夫、何もないよ。トミーが俺に落ちるのも時間の問題だしな」
『ほんとに? さすがお兄ちゃん! 可愛いもんね』
可愛いのはお前だぞー、とにまにましながら心の中で突っ込む。だがこんな嘘で誤魔化している場合じゃない。俺は今まさに大ピンチなのだ。
「トミーの奴、あと一押しって感じなんだけどなー、何やれば俺に告白してくれる気になるかなぁ」
『えー、私、男の子に好かれようと努力したことないからわかんない』
「だよなー」
女の意見を聞こうとしても、怜俐は基本的に受け身思考なのでまるで参考にならない。
どうすればトミーの気持ちが俺の方に向いてくれるのか。奴に決定的なことを言われる前に、俺を少しでも意識してもらわなくては。
「やっぱ、なんかとりあえず物とかやった方がいいのか? でもトミーの家も金持ちだし、何が欲しいのかわかんねぇよ」
『うーん、私も男の子にプレゼントなんかしたことないからわかんない』
「だよなー」
『でも、普通は手作りの物をあげたりするんじゃない? 手間がかかってるほど、愛情を感じやすいものだし』
「手作りー? 何作るんだよ」
『さぁ』
手作りと聞いてなぜか真っ先に版画が思い浮かんだ。小学校の図工の時間に作ったことがある。後にも先にも俺が一人でまともに作ったのはあれくらいではないだろうか。けれど版画をもらっても嬉しくないことはさすがの俺でもわかる。
『お兄ちゃんが考えた方がいいって。私、わかんないし』
「うーん、食い物はやってるからなぁ」
こんなに色々してやってるのに俺に少しも靡かないトミーは変だ。まさかあいつ、本当は男が好きとかじゃないだろうな。
『あ、そうだ。本題を伝え忘れるところだった』
「本題?」
『乙香(イツカ)ちゃんが、お兄ちゃんに会いたがってたわよ』
その名前を聞いた途端、俺は顔がひしゃげた。気分が落ちてる時にはあまり聞きたくない。
「なに、あいつうちに来てんの?」
『そうよ、お兄ちゃんいないからがっかりしてた』
「ふーん」
心底どうでもいいので聞き流しておく。今の俺はトミーの事で頭がいっぱいだ。
『じゃ、確かに伝えたからね。おやすみ、お兄ちゃん』
「え!? もう切っちゃうの!? 待って怜俐もうちょっと…」
容赦なく電話を切られ通話終了。それを伝えることに意味はあったのか。けれど可愛い怜俐のおやすみだけであと百年楽しく過ごせそうだ。トミーへの手作りプレゼントは明日にでも考えるとして、俺は良い気分のまま眠りにつくことにした。
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