ストレンジ・デイズ
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「これは、なんというか……」
その日の夜、唄子の兄、ホーリーデッドマンのボーカル、KANONの曲を俺は唄子に聴かされていた。お世辞にも上手いとは言いがたい歌声には難しい顔になったが、それ以上にその曲調と激しい歌詞が気になった。
「ヴィジュアル系ってみんなこんななの?」
「いや、お兄ちゃんのグループが特別はっちゃけてるというか。ヴィジュアル系を勘違いしてるっていうか…。才能ないくせに作詞作曲とかやっちゃってるから、あの人」
「……お前の兄貴の精神が心配だわ」
デスメタルに近い曲に悪魔に魂売っちゃう系の歌詞ばかり。世間に何か不満でもあるのだろうか。
「ちなみにこれ、昔のお兄ちゃん」
「わお」
唄子の見せた携帯の画面にはここの制服を着た七三分けの眼鏡の男が写っていた。冗談の一つも言わなさそうな仏頂面の真面目そうな生徒だ。
「人ってあんなに変われるんだな」
「ほんと女に免疫なかったのに、今じゃ女と歌にしか興味ないの。就職もせず音楽一本でやってくんだって。いったい大学で何があったんだか」
「はー、そりゃお前も反対したくなるわけだ」
ちなみにあの兄貴は次の曲を俺へのラブソングにすると言って去っていった。恐らくもう会うことはないとは思うが、あんな騒がしい兄を持って唄子も大変だ。
「私は、別に…」
「?」
「お兄ちゃんが、やりたいようにすればいいと思う」
意外なことを言う唄子にちょっと面食らう。てっきり馬鹿兄貴の更正を一番に願ってると思ったのに。
「兄貴のためを思うなら止めてやった方がいいんでね」
「お兄ちゃんは昔からまるで義務みたいに勉強しかしてなくて、やっと熱中できるものが見つかったのよ。売れなくたって、挑戦くらいさせてあげたっていいじゃない」
「へぇー、まさかお前がブラコンだったとはねぇ」
「別にそんなんじゃ…ってかキョウちゃんに言われたくないんですけど」
「おっま俺の可愛い天使とあのナンパ野郎一緒にすんなよ」
「はいはいそうですね」
唄子は俺の文句を聞き流して机に戻り勉強を始める。なんだかんだ言って、こいつも大学に入ったら兄みたいにはっちゃけたりして、と思ったが、今でも充分はっちゃけていることを思い出し、こうやってバランスをとっているのかと妙に納得したりしていた。
いつも通り可愛い怜俐の写真にキスした後、二段ベッドの上で爆睡した俺は真夜中に目が覚めた。真っ暗の中、明かりがもれていることに気づき身体を起こして下を覗き込む。唄子がまだ机に向かっているのが見え、まさかこんな時間まで勉強してるのかと驚いた。
テスト前でもないのに何やってんだと寝ぼけた目をこらすと、唄子は教科書ではなくいつかのアルバムを見ていた。あいつが頑なに隠して大切にしているアルバムだ。
なぜそんな思い詰めた顔でそんなものを見ているのかと声をかけようと思ったが、その前に強烈な眠気が襲ってきて、俺はそのままぶっ倒れた。
そして次の朝目が覚めた時には、あれが現実だったのか夢だったのか判断できず、唄子には何も聞けなかった。
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