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ストレンジ・デイズ




「遅い!!」

入ってくるなり俺達を一括したのは、筋骨粒々の強面おじさんだった。俺は驚きのあまり数センチ程飛び上がったが阿佐ヶ丘兄妹は何も気にせず部屋に入っていく。

「うるせえーな、クソジジイ。この忙しい時に来てやっただけ感謝しろよ」

「歌音! お前が今日しか無理だと言ったからわざわざあわせてやったんだろうが! まったく、くだらん事に時間を無駄にしおって」

「まあまあ、おじいちゃん落ち着いて」

おじいちゃん? この筋肉マンが? ムッキムキの殺し屋にしか見えないぞ。

「唄子、どうしてお前まで」

「その辺ふらふらしてたからあたしが連れてきたの。キョウちゃんはオマケ」

「オマケとは何だ」

唄子の一言で強面じいさんの視線が俺に向けられる。怖いからこっち見んな。

「では君が、真宮さんの……いや、すまんな。はじめまして小宮君、いつも唄子が世話になっている」

「あ、どうも……」

唄子兄がいるためか当たり障りのない事しか言わない。じいさんは当然俺が男だということを知ってるはずだが唄子を見ると目が何も言うなと訴えていた。兄貴には絶対に内緒ということか。

「せっかく会えたのにすまないが、これからあの馬鹿と大事な話がある。唄子、案内をありがとう。もう行ってくれてかまわない」

「えー、今日子ちゃん行っちゃうのー!?」

「お前は黙っとれ」

「やだやだ、せっかく運命のコに会えたのに、ここで別れたらもう会えないじゃん! まだ連絡先聞いてないのに!」

お前の連絡先ならさっき押し付けられたぞ。後ですぐに捨てる予定だけど。

「今日子ちゃんが出てくなら俺も出る! 話はまた今度ってことで」

「歌音! お前いい加減にせんか!」

「だったらキョウちゃんもここに残るから。それでいいでしょ」

「え」

唄子がしれっとした顔でとんでもないことを口にする。何の家族会議かは知らないが巻き込まれるのはごめんだ。

「しかし唄子それは……」

「そうでもなきゃお兄ちゃんと話なんかできないじゃない。こうやってもめてる時間がまず無駄よ。ほら、二人とも早く座って。キョウちゃんはここ」

「ええ……」

てきぱきと俺達を誘導する唄子に圧倒されてされるがままの男共。俺は少し離れた場所に座らされ、親子のガチンコ対決を見守るはめになった。

「すまない小宮君、こんな事に付き合わせて」

「いいからさっさと終わらせよーぜ、今日子ちゃーん、後でいっぱい話そうねー」

「お兄ちゃん、いい加減にして」

兄貴を冷たい視線で黙らせて、強制的に親子対決を始めさせる。唄子は俺のすぐ隣に座り険しい表情で成り行きを見守っていた。

「単刀直入に言う。歌音、お前に私の後を次がせたい」

「……はあ?」

何やらすごい重大そうな話を始めたじいさんに俺は思わず唄子に目線を送る。だが唄子はこういう話になることがわかってたらしく動揺もせず祖父と兄を見つめていた。

「娘二人は嫁に行き、姉の一人息子の保は仕事についた。もう後を次げるのはお前しかいない」

「馬鹿言うな! 俺にはミュージシャンになるっつー夢があるんだよ! 何でテメーの都合で将来決められなきゃならねーんだ!」

「まだそんな事を言っとるのか。そんなくだらない夢、とっとと捨てろ」

「……お、おい唄子。なんか青春ドラマみたいなんが始まったぞ。どうすんだこれ」

金持ちの定番みたいなやり取りに俺は思わず小声で突っ込む。唄子は痛そうに頭を押さえ顔をしかめていた。

「うちの経営を任せられる人間がいないのよ。お母さんと叔母さんにはその気はないし、あのクソ従兄弟にももちろんない。定職についてないお兄ちゃんに話がいくのも当然の流れなの」

「いやー、でもあの兄貴に任せんのはちょっと不安じゃね?」

「お兄ちゃんああ見えてこの学校出身で首席だったのよ。なのに大学でV系ロックバンドなんか結成しちゃって、そこからあんなちゃらんぽらんな性格に。おじいちゃんは元のお兄ちゃんに戻そうとして必死ってわけ」

「へ、へー……」

人目もはばからず親子喧嘩は白熱していく。俺はなるべく空気でいようと存在感を滅していた。

「跡取りなんか叔母さんの息子がなんのが道理だろ! 何で俺が!」

「保はずっと前から後は継がないと言ってるし、養護教諭として立派にやっとる。高校生まではお前も了承しておったじゃないか。それを今更覆して、迷惑しとるのは向こうだぞ」

「それはロックに出会う前の俺だろ!? 母さんがピアニストになんのは許して、俺は何で駄目なんだよ!」

「アホか! 瑠璃子はプロとして成功しとるんだ。お前とは違う!」

しばらく続くと口論にも慣れてきて、俺はすっかりリラックスしてくつろいでいた。次の藤堂の授業はサボろうと思ってたし、このままここにいたら公欠にしてくれないだろうか。

「唄子の母親、ピアニストなの?」

「そうだよ、お父さんはオペラ歌手なの。うち音楽一家だから。私を除いてね」

「へー、じゃあ息子が音楽やりたいって言ってんのも仕方ないんじゃね? 成功するかどうかやってみねーとわかんねぇしさ、もうちょっと様子見てやれよ。あのじいさん当分くたばらねぇだろ」

「別に、おじいちゃんだって意地悪で言ってるわけじゃないのよ。お兄ちゃん、そこまで歌うまくないから」

「え、そうなの?」

「後で聴かしてあげる。部屋にCDあるから」

つまりは唄子兄の叶わぬ夢を諦めさせるために、家族総出で跡継ぎにしようとしてるってことか。確かに正直言ってお世辞にもミュージシャンとして成功するようには見えないが、さすが俺もこれには唄子兄を不憫に思わざるを得なかった。


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