ストレンジ・デイズ
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「なんだ、トミーじゃねぇか」
唄子の視線の先にいたのは中庭で談笑する物腰柔らかな男、俺のターゲットだ。掃除中のくせに何やってんだアイツ。
「あの富里先輩の横にいる女……!」
「はぁ? 女?」
腕をわなわな震わせて悔しげに呟く唄子。もう一度トミーを見ると確かに奴は女と話している。ここからじゃ後ろ姿しか見えないが、女って事は1年だろう。うちのクラスの変態チビでも丸メガネでもない。
「アイツ、前にも富里先輩と話してるのを見たわ。それも2回も。何でもない1年の女がどうして生徒会の富里様と気軽に話せるわけ? 調子乗りすぎでしょ…!」
言ってることはどこぞの親衛隊と変わらないが、確かに唄子の言うことは一理ある。俺の知らないところで変な女にちょっかいかけられるトミーを見るのは正直面白くない。
「ふーん……あの女、誰だか知らねえけど、俺のトミーに手ぇ出そうなんて身の程知らずもいいとこだな」
「そうよそうよ! もっと言ってやって!」
「……よし、ちょっくら釘刺しとくか」
「え……って何やってんのキョウちゃん!」
思い立ったら即行動、俺はベランダの柵に足をかけ身を乗り出す。そして唄子の悲鳴と共に躊躇うことなく飛び降りた。
幸い迷いなくさっさとジャンプしたためか、唄子以外に気づかれることはなく騒ぎにはならなかった。前に風紀の一二三に見つかったときは大目玉くらって大変だったが。
なんなく着地した俺は謎の女と楽しそうに話すトミーを睨みながら、ずんずんと奴にまっすぐ向かっていく。トミーと話す女は俺ほどではないが背が高くスタイルもいい。髪は俺と同じくらいのロングで、サラサラの髪が風で靡いていた。後ろ姿だけだと俺とあまり違いはないだろう。どうせ振り向いたら台無しのブスだろうが。
「あ、今日子ちゃん」
迫ってくる俺に気づいたトミーがこっちに笑顔を向ける。それと同時にお邪魔虫女も振り返った。
「あら、あなたが“あの”小宮今日子?」
その女の言葉は、俺の耳を右から左へとすり抜けた。勿論、彼女のあまりの美しさに目を奪われたから、というわけではない。その女は可愛いかブスかで言えば、可愛いのか? という程度の面だった。俺と同じ化粧で誤魔化しているタイプだが、完成度は比べる間もない。
俺が目を奪われたのは、その女の胸のデカさだ。ブレザーの上からでもわかる、テレビでしかお目にかかれない様な巨乳。確実にEはある。
「……ちょっと、どうしちゃったの? ぼーっとて」
デカパ……巨乳女にひらひらと手を振られてハッと我に返る。いけない、突然現れた珍しい物をついつい凝視してしまった。
「今日子ちゃんとははじめましてなのかな? 僕の友達の七竈まどかちゃんだよ」
「ななかまど、まどか……」
じゃあ胸元についてる名札に書いてある七竈というのは名字だったのか。名札なのだから当たり前だが。
「まどかちゃんは今日子ちゃん知ってるよね」
「ええ、まあ。こんなにじろじろ見られる覚えはありませんけど」
可愛らしい、けれどどこか高圧的な声で七竈とかいう女は言った。ぽかーんとアホ面を晒す俺を見て鼻で笑いながら。
「先程から目線がずっと私の首から下に固定されているけど、そんなに珍しいのかしら。貴女のは随分とお粗末みたいですものねぇ」
そう言ってメロンでも入れてんのかと疑いたくなるような胸に手を添える七竈を直視して変な声が出た。まさかこっちの思考を読み取られるとは。これだけガン見していたらそりゃ気づかれるだろうが。
「まあ、それも当然よね。あなたのそれ、まるでまな板だもの」
「あ?」
あまりのバカにしたような言いぐさにちょっとキレる俺。男なので胸コンプレックスなどで傷ついたりはしないが、せいぜい中の上な女に格下扱いされた事に腹が立った。
「……そんなに羨ましいなら、触らせてあげてもよくってよ」
「えっ、マジで? いいの?」
突然の七竈の提案に怒りが一瞬で引っ込んだ。思わず目の前のデカい胸に目がいってしまう。いくら性欲が薄い俺とはいえ、こんな嘘みたいな巨乳を合法的に触る機会を逃す気にはなれないし、この役得はありがたく受けとるべきだろう。だいたい俺は今は女なんだから、ちょっと触るくらいいいよな……?
「いいわけねーだろ!」
「ぶほっ!」
七竈の胸に手を伸ばしかけた時、横っ面をはたかれる。その場に倒れ込んだ俺を鬼の形相で睨み付けていたのは唄子だった。
「何すんだイテーだろうがこの野郎!」
「それはこっちの台詞だっつーの! 今何しようとしてたのよ! 痴漢か? え? 痴漢か?」
「ち、ちげぇよ……」
後ろめたいことをしてしまっただけに唄子の目をまともに見られない。全速力で走ってきたのか奴はぜぇぜぇと息を切らしていた。
「ああら、誰かと思えば小宮今日子の金魚のフンじゃない」
「…あ?」
七竈のその一言で、唄子の怒りの矛先が変わった。巨乳女ににガンを飛ばし、忌々しそうに舌打ちする。
「ごめんなさい、あたし、ぜーんぜんあなたの事知らないんだけど」
「私は知っているわよ。小宮今日子の付属品でしょ? 名前は知らないけど、影薄すぎて」
その瞬間、唄子に雷が落ちたのに俺は気づいた。俺への蔑みの目がなくなったのは嬉しいが、キレたあいつは手に負えないので煽るのはやめて欲しい。
「び、B組の分際でっ……あたしを馬鹿にするなんて……っ!」
「あらあら、そんなランク分けでしか人を判断できないなんて、底が知れるわ〜」
「なっ、なっ……」
わなわなと身体を震わせ拳を握り締める唄子。なまじ言ってることが正しいだけに何も言い返せず唇を噛み締めていた。
「……う、う、うわああん! キョウちゃんあの女やっつけてよー!」
「えー……」
泣きついてきた唄子にすっかりやる気をなくしていた俺は脱力していた。けれど七竈が怒る唄子を見て『怖〜い』と言いながらトミーに引っ付いているのを見て、怒りが再燃した。
「ベタベタ触ってんじゃねぇぞちくしょう! 七竈なんとか! お前なんかにトミーは絶対に渡さないからな! 覚えてろよ!」
ここで奴と直接対決しようものなら、勝った場合成り行きでトミーに告白するはめになりかねないのでとりあえず逃げておく。グスグスとぐずる唄子の手を引きながら俺は捨て台詞を吐いてその場から退散した。
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