ストレンジ・デイズ
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「ぜ、善…!」
先輩の腕を掴んでいたのは、これから俺が会いに行くはずだった善だった。こんなところにいるなんて、わざわざ俺を迎えに来てくれたのだろうか。
「こいつに無闇に触らないでくれますか、先輩」
善はいたって普通に、いつもの朗らかな笑みを浮かべながらゆーき先輩にそういい放った。先輩は突然の邪魔者の介入に顔をしかめている。
「自分の後輩好きに扱って何が悪い。つかてめぇ誰だ」
「俺は八十島といいます。彼の友達です」
八十島という名前を聞いた途端、なせがゆーき先輩は馬鹿にしたように鼻をならした。どうやら先輩は善を知っているようだ。さすがに1年の主席でサッカー部の期待の星となれば知っているのが当然か。
「八十島、八十島ねぇ。まさかこいつがお前みたいなのと友達とは」
俺はといえば先輩の一言一言に終始びくびくしていた。頼むから余計なことは言わないでくれ。本名とか本名とか本名とか!
「八十島君よぉ、竜二と友達だかなんだか知らねえけど、調子乗りすぎじゃねえの? てめぇのやってること、知ってんだぜこのヤリマンが」
「……」
容赦のない言葉に俺は絶句していたが、善は顔色1つ変えなかった。先輩は心底蔑んだ目で睨み付けながら善の胸ぐらを掴みあげる。
「そのこと、A組の奴らに言ったらどうなるか。クラスメートには知られたくないだろ? クラスの人気者、八十島君は誰にでも股開く淫奔だってさ」
善のことをろくに知らないくせにあんまりな言い方だ。さすがに頭にきて俺の方が何か言い返そうとしたが、善はにっこりと先輩に笑みを見せた。
「そんな噂、誰が信じるんですか?」
「はぁ? んなもん、証拠の写真をとってやれば…」
「俺はレイプされたと訴えますよ。一応客は選んでるつもりです。世間は俺とあんたらデフ、どっちの言うことを信じるんですかね」
「な……そんなことしたらお前だって…」
「俺は覚悟を決めてます。そっちこそ俺を脅すなら覚悟決めてくださいよ、樽岸先輩」
「おい、待て!」
善はゆーき先輩を軽くあしらうと、俺の手をさっと引いた。なおも引き下がろうとしない先輩に、見たこともない鋭い目をしながら冷たくいい放った。
「悪いですが、こいつや俺にはもう関わらないでくれませんか。竜二先輩とこれからも一緒にいたいでしょう」
「て、てめぇ…っ!」
「駄目です遊貴さん!」
善に殴りかかろうとしたゆーき先輩を周りの友人達が止めた。
「なんだよ! 放せ、殴らせろ!」
「八十島善に手ぇ出しちゃ駄目っすよ! うちの学校のほとんどがこいつの味方なんすから!」
「デフにもこいつの信者が何人もいます。どうか我慢してください、遊貴さん!」
「くそっ……」
ゆーき先輩に睨み付けられながら、善は俺の手を引きながらずんずん進んでいく。後ろから先輩の悪態がずっと聞こえていた。
廊下の突き当たりにあった階段を登って人気のない廊下に出た時、ふいに善が立ち止まった。そして俺の手を放すとそのまま頭を抱えながらうずくまった。
「ぜ、善?」
「どうしよ、俺、竜二先輩をダシに使っちまったぁ…!」
「え?」
善は頭をかかえたままその場で呻いている。いったいどうしたというのだろう。
「竜二先輩、樽岸先輩とよく一緒にいるのに……俺って最低ぇ…先輩にバレたらどうしよ…」
「何で? 怒られんの?」
「まさか。ただ、すごく傷つくよ先輩…」
本当に後悔しているらしい善は、うずくまったまま顔をあげようとしなかった。俺はそんな善を見てため息をつくと、奴の頭に手をのせて言ってやった。
「お前は本気じゃなかったんだろ。だったらそう言えよ。なんなら俺がその竜二先輩とやらに言ってやる。善は俺を守るために嘘ついたんだってな」
「……」
俺の言葉に善はのろのろと頭を上げる。そして自分を押さえつける俺を見上げながら、へらっと笑った。
「ありがと、キョウ。お前って、ほんとにおっとこ前だなぁ」
「……っ」
男前。女装する前もめったに言われたことのない誉め言葉に柄にもなく照れてしまう。俺は善から目をそらし、赤くなった顔を隠すのに必死だった。
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