ストレンジ・デイズ
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「ひ、酷い目にあった……」
思わぬ男との再会で神経すり減らされた俺は項垂れながら自分の部屋へと戻った。もちろんタオルをかぶりながら周囲に誰もいないことを確認しつつの帰宅だ。だがようやく自分の部屋に戻り、ドアを閉めて一息ついた俺を待っていたのは、鬼のような顔をした唄子だった。
「キョウちゃん……!」
「唄子! お前なんでっ…」
この時間、こいつは部活とやらに行っているはずだ。こんなに早く戻ってくることなんて今までなかったのに、どうして今日に限って。
「今日からテスト週間だから、部活休みなの」
「あっ! あ〜、なるほど」
「なるほどじゃないわよ! どういうことなの、そんな格好で出歩くなんて! いったい何考えてるわけ!?」
玄関先で仁王立ちになり俺を責め立てる唄子。その尋常じゃない程の怒りに、ただでさえ弱りきっていた俺はすっかり怖じ気づいてしまった。
「てかキョウちゃんその格好……まさか大浴場に行ってたんじゃないでしょうね!」
「う」
俺のお風呂セットといかにも風呂上がりですといわんばかりの姿を見て青筋を立てる唄子。顔をひきつらせる俺の目の前で鼓膜が破れんばかりに怒鳴った。
「いい加減にしてよ! あれ一回きりだって言ったでしょ! その姿、誰かに見られたらどーすんの! あんた馬鹿じゃないの!?」
「な……」
まさかそこまでキツく言われるとは思っていなかった俺は、もう少しで奴に言い返しすところだった。だがここで唄子を怒らせるのは得策ではない。最悪の事態だけは避けなければならないのだ。
「もうキョウちゃんにはがっかりしたわ。せっかくお情けで風呂に入るの協力してあげたのに、こんな形であたしを裏切るなんて」
「いや…何もそこまで言うことないだろ」
別にこの完璧な変装がバレるわけないんだし、男の俺を見ても小宮今日子だって気づく奴はいないんだから別にいいじゃん。と言い返したいところだが、しっかりバレてしまった身としてはそんなことは口がさけても言えない。とりあえず、ゆーき先輩に会ったことだけは絶対内緒にしとこう。
「とにかく、この件は香月さんには連絡させてもらいますからね」
「だめっ、だめだめだめ! それだけは絶っ対に駄目!」
香月、と聞いて俺は必死に唄子にすがり付いた。あいつに今回の件がバレたら、と考えるだけで恐ろしい。別に香月が怖いわけではないが、こういう時の奴は必ずといっていいほど罰を与えてくるのだ。せっかく勝ち取った可愛い怜悧のメアドも取り上げられてしまうかもしれない。
「頼むよ唄子! 一生のお願い! もうこんなことしないって誓うから!」
「そんな風に頭下げたって無駄よ。キョウちゃんなんて信じられない。絶対に絶対に言い付けます」
「俺、お前の言うことなんでも聞く! だから、だからどうか香月にだけは…っ」
「…………何でも?」
俺の一言で唄子の顔つきががらりと変わる。チャンスだ、とばかりに俺は跪く勢いで唄子に頭を下げた。
「もちろん何でも! 俺にできることなら! あっ、でも怜悧のメアドおしえてほしいとかそういうのはちょっと…」
「いらんわ。んなもん」
唄子はゆっくりと近づいてくると、玄関先に膝をついていた俺と目線をあわせるため屈む。そして俺の目を真剣な表情で除きこんできた。
「キョウちゃん、それ本気で言ってる?」
「もちろん! パシリでも何でもやってやるよ! だから、な、香月には黙っててくれよ、マジで」
何かを値踏みするような目で俺をじろじろと睨みつけながら考え込む唄子。そして人を不安にさせるような不敵な笑みを浮かべたかと思うと、今度はとびっきりの優しげな笑顔を俺に見せてきた。
「ふーん。じゃあ言うこと聞いてもらいましょうか。何でも、ね」
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