ストレンジ・デイズ
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「うわ、人いねぇー…。もしかして貸し切り? ……ってそういうわけでもねぇか」
金髪の派手な外見の男が、今の今まで俺の聖地だった場所にずかずかと乗り込んでくる。後ろからそいつの友人らしきスキンヘッドの男がやってきて、全体を見回し感心したように呟いた。
「へぇ、この時間ほんとにすいてるんだな。しかもお湯も綺麗だし」
「なっ、早めに来てみて良かっただろ。竜二様に感謝しろよな」
「はいはい。でもお前、あんまりはしゃいでっと……怪我…する、ぞ」
あからさまに不良です、といった出で立ちの二人だが、スキンヘッドの方が俺を見た瞬間なぜか硬直した。そして目をこすりながら俺にずかずかと近寄ってくる。
「えっ、えっ、何」
湯船にまでばしゃばしゃと入ってきて、俺の顔を食い入るように凝視する男。ヤバい、まさかとは思うが小宮今日子だとバレたか?
「お前……まさか、響介か?」
「…………へ」
男が口にしたのは小宮今日子の方ではなく、なぜか真宮響介の名前。どうしてその名前をこいつが知っているのだろう。いや待てよ、この顔と声どっかで……うわっ!
「ゆ、ゆ、ゆーき先輩……」
「おお、やっぱり響介か。お前、この学校に来てるんならそう言えよな」
「な、なんで、髪」
「邪魔っけだったから剃ってみた。中学の時のお前とお揃いだな!」
あっはっはっ、と笑うスキンヘッドの男、もといゆうき先輩の登場に俺は唖然となる。トレードマークだった長い髪をばっさりと切ってしまっているものだから、まったく気づかなかった。否、昔の俺はこの人の顔を直視できていなかったのだ。本人が声をかけてこなかったら、一生気づかないままだっただろう。
「なんだよ遊貴。そいつ知り合い?」
「ああ、中学ん時のサッカー部の後輩。真宮響介っていうんだ。俺達めっちゃ仲良かったんだぜ。なー?」
「はは…はははは……」
仲が良かっただって? とんでもない。橙(カブチ)遊貴。こいつは俺の天敵だ。奴はサッカーは上手かったが、後輩、というか俺をかなり目の敵にしていて自分に従わない奴にはほんと容赦なかった。先輩相手に敬語を使わなかった俺が元々の原因なのだが、こんな暴力野郎に使う敬語はないと今でも思っている。こいつが卒業してからのサッカー部は天国だった。なのに、よりにもよってこんな所で会うはめになんて、俺は絶対に呪われている。
「響介、お前昔はクソ生意気だったけど、今はもうちゃーんと礼儀がわかってるよな。先輩に会ったらどうするんだった?」
「え、えーと……」
「まず頭下げるに決まってんだろうが、馬鹿かお前は」
次の瞬間、俺は奴に頭の鷲掴みにされそのまま湯船に顔を沈められた。突然のことにまともに息もできず、窒息寸前になってようやく先輩は俺の顔を上げた。
「げほっ……げほっ」
「遊貴、お前後輩だからってあんまいじめてやんなよ」
先輩の友達が若干引いた目で俺を見てくる。しかし助けてくれる気はないらしくお湯につかってリラックスモードだ。
「いじめてねぇって。いつも通りじゃれてるだけだ。なぁ、響介」
先輩の言葉にただコクコクと頷く俺。満足そうに俺の頭をガクガク揺さぶってくる先輩。そう、つまるところ俺はこの先輩に逆らえないのだ。
もちろん、先輩を敬うような性格などではない俺は入部当初、とにかく先輩という存在に反抗しまくっていた。なぜ年上というだけでそこまで指図されなければならないのか、サッカーの技術なら俺の方が上なのに。なんて上から目線の態度を隠しもせずにいたら、当時エースだったこの男に目をつけられた。そして教育とは名ばかりのいじめが始まったのだ。
もちろん、陰口叩かれたりとかスパイク隠されたりとか、そんな生易しいレベルのものではない。首をしめられるのは日常茶飯事、少しでも生意気な口をきけば3階から落とされそうになり、それでも反発していたら頭をバリカンで剃られた。もはや訴えたら勝てるレベルのいじめだったが、親に泣きつくなんて女々しいことは絶対にしたくなかった俺は、結局大人しく先輩に従うという無難な道を選んだ。それからは随分とマシになったものの、俺をいびるのが気に入ったのか俺を呼んでは卍固めを仕掛けてくる毎日。もはや奴の存在はトラウマになりつつある。これ以上こいつの隣にいたら泡吹いて気絶してしまうかもしれない。
「あ、そうだ。響介」
「はいっ」
「新しいメアド、教えろよ。どうせ変えてんだろ」
「へ」
「『へ』じゃねえだろ。ほら、さっさと携帯とってこい」
「いや、その」
「早く!」
「は、はいぃ!!」
直立不動で立ち上がった俺はそのまま走って脱衣場まで向かう。このまま逃げてやろうかと思ったが、フルチンで出ていくわけにもいかずすごすごと携帯を手に悪魔の元に戻っていくしかなかった。
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