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ストレンジ・デイズ




唄子が出した条件は2つ。
大浴場に行くのはこれ一度きりにすること。そして、誰にも見つかないことだった。




「いい、キョウちゃん。うちの男子の大浴場は12時まであいてるわ。結構遅い時間だけど、最後の方に入る人もかなりいるから、どうしたって誰かに会ってしまうのよ」

唄子は着替えとタオルを手に持ちすでにスタンバイしている俺に向かって、注意事項を並べ立てる。唄子様の逆鱗に触れて今回の大浴場ツアーが台無しになっては困るので俺は大人しくしていた。

「でも今日は特別に延長してもらったから、12時すぎに行って、なるべく早く出てきなさい」

「12時……」

「仕方ないでしょ! それが無理なら却下!」

「わかったよ! 文句ねぇってば」

大浴場を独り占めできるのなら、それくらいは譲歩するべきだろう。女子風呂なら狭いがもっとすかすからしいのだが、だれかと鉢合わせした時のごまかしがきかないため却下となったのだ。

「キョウちゃん、何度も言うようだけど絶対にバレないようにしてよね。誰にも会わないってのがベストだけど、もし会っても小宮今日子だと悟られないように」

「大丈夫、大丈夫。バレるわけねぇじゃん」

「その油断が駄目なのよ。多分誰もこないと思うけど、もし会ったらすぐに逃げてね。あくまで自然に、だけど」

「へいへい」

少々心配性すぎる唄子に辟易しながら空返事をする俺。しかし、この時の俺はまさか唄子のこの不安が現実のものになるとは夢にも思っていなかったのだ。













そして時刻は夜の12時。
俺はすぐ近くのトイレでカツラをはずし、完全に男に戻った状態で大浴場の前までやってきていた。

「………」

誰の気配もないことを確認しながら、俺は忍び足で脱衣場に入る。唄子のいう通り、だだっ広い脱衣場は電気がつけられまだ使用できる状態になっていで、俺は隅の方で素早く着替えると浴場へと繋がる扉を恐る恐る開け。


「おおっ…」


金持ち御用達学校の風呂は、予想以上の規模だった。
湯気が立ち込めて奥行きがつかめないほど広く、普通の銭湯の倍はありそうだ。バカでかい浴槽が3つもあり、独り占めしているのがもったいない。

無人の大浴場でタイル張りの床をひたひたと歩き、ギリギリまで張ったお湯の前までくる。近くにあった風呂桶で、しっかりとかけ湯をしてからそっと足をつけてみた。


「あー…」

適度に熱いお湯に首までつかった瞬間、じじくさい声が俺の口から飛び出す。
この時の感情をたった一言で表すとしたら、これしかない。くせになりそう、だ。

広くて開放的な風呂に浸かった瞬間、これまでの気疲れやストレスがどこかに飛んでいくようだった。永遠にここで休んでいたい、そう思えるほどに大浴場は天国だった。

そして身体の芯まで温まる俺の頭の仲では幸せを感じると同時に、悪魔が囁き始めていた。

ああ、これは絶対1日じゃ我慢できないぞ……と。


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あきゅろす。
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