ストレンジ・デイズ
□みんなの王子様
次の日、唄子とのんびり登校していた俺は朝っぱらからとんでもないものを見た。
「きゃーっ! 菘様ぁ!」
「おはようございまーす!」
「……」
学校の入り口前を飛び交う無数の歓声。その中心にいるのは例のマゾ男で、奴は金髪をなびかせ笑顔を振り撒いていた。
「やあ、みんなおはよう!」
「「ぎゃああああ」」
「……」
鬼頭に笑いかけられた生徒達が顔を真っ赤にして叫ぶ。歓声というよりは奇声に近い声を出し、いっせいに崩れるようにバタバタと倒れていった。
「な、なんだあれは……」
「きゃー! おかえりなさい鬼頭様ぁー!」
俺が唖然としていると隣にいる唄子までが鬼頭に向かって手を振り始める。おい、そんなに叫んだら俺があの男に見つかっちゃうだろうが。
「ああ、生徒達の中にいらっしゃる鬼頭様は一段と輝いているわ……」
「えー、何お前まであいつのファンなの?」
「ファンとかファンじゃないとか関係ないから! だってあの鬼頭菘様よ!? 彼はみんなの王子様なんだから!」
「みんなの王子様……?」
あのマゾ男が王子様? たしかに見た目は異国の王子様だが、中身が酷すぎるだろ。
「おはよー。キョウ、阿佐ヶ丘さん」
朝から目立ちまくっている鬼頭をさけて校舎に入ろうと考えていた時、いきなり後ろから声をかけられた。俺にこんな風に挨拶してくる奴は限られているから、誰かはすぐにわかる。
「なんだ、善かよ……」
「おはよう、八十島君!」
善は朝っぱらから爽やかさ満載で、俺達に微笑みかけてくる。朝練をしてきたのか顔に土がついていた。
「この騒ぎは一体何なんだ? 生徒会長でもいるのか?」
「外国に留学してた奴が帰ってきてんだよ」
「ああ、菘か。あいつ一昨日からいたくせに、さっさと学校出てこいよな」
鬼頭のことを言う善の表情はとても険しい。らしくない善の冷たい態度を不思議に思っていた時、遠くから嫌な声が聞こえた。
「今日子さーん!!」
「げっ」
逃げ出す前に後ろからぎゅっと抱きしめられる。香水か何かの変な匂いが鼻をくすぐり、俺はすぐさま奴を突き飛ばした。
「離れやがれ鬱陶しい!」
「ああ、僕の美しい今日子さん! 今日もとっても綺麗だよ!」
相変わらずの気持ち悪い発言で俺にベタベタしてこようとする鬼頭。すぐにでもぶん殴ってやりたいところだが、マゾのこいつにはきっと逆効果だ。
「やめろよ、菘。キョウが困ってるだろ」
思わぬ助け船が善の口から出てくる。ようやくその存在に気づいた鬼頭は途端にぱあっと表情を明るくさせた。
「善!」
鬼頭は持っていた鞄を投げ出し善に抱きつく。周りが黄色い歓声を上げる中、善も奴を軽く抱きしめ返していた。
「なんだよ、朝からオーバーな奴だなぁ。昨日も会っただろ」
「昨日はろくに話せなかったじゃないか。先生に頼んで善とルームメートにしてもらえば良かった」
「やめてくれ」
善はそんな風に言いながらもちっとも嫌そうな顔ではない。いつもの周りの友人に接するような、いやそれ以上の笑顔を鬼頭を見せている。
「もしかしてお前ら、仲いいのか?」
「「全然」」
仲良くそろって否定する善と鬼頭。どうやらかなり親密らしいが、まったくピンとこない組み合わせだ。
「冗談よせよ、キョウ。こいつとは中等部の時、ルームメートだったから知ってるだけだっての」
「善は僕のライバルだ! 友人ではない」
「ふーん」
興味なさげに奴らを見る俺の横で、唄子が「他カプ…?」 などとボソボソと呟いている。なんとなく何を考えているかわかる自分が嫌だ。
「でも善が僕のハニーと友達だったなんて驚きだ。しかしこれもまた運命の1つかもしれない」
「ハニー?」
きょとんとした顔で鬼頭を見つめる善。あのマゾ野郎、余計なこと言ってくれたじゃねえか。
「善、僕と今日子さんは結婚を前提とした男女交際をしているんだ」
「してねぇよ」
「照れることはないさ。昨日プロポーズをしたところだろう?」
「普通に断っただろうが」
「はは、ハニーは面白いなぁ」
「冗談言ってんじゃねぇんだよ!」
すりよってこようとする鬼頭に嫌悪を感じ思いっきりはたいてしまう。無様に倒れた鬼頭は俺にはたかれた腕を見つめながら恍惚とした表情を浮かべた。
「ああっ…、やっぱり今日子さんは最高だ…」
「ひぃっ」
ヤバい。やっぱりこいつは気持ち悪いを通り越したヤバい人間だった。助けを求めて振りかえるもそこにいるのは俺達のやりとりを見て目をキラキラさせる唄子と、「菘もついに恋愛を…」と微笑ましそうに笑う善だけだ。この非常識な学校に俺を助けてくれる奴などいないことを改めて実感させられた。
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