ストレンジ・デイズ
□有効ラブレター
その日は、いつもの朝とは少し違っていた。
昨日遅くまで勉強していたせいか唄子がめずらしく寝坊した。普段なら唄子よりも遅く起きてのそのそと準備し、遅刻することも多々ある俺だが、今日は朝から体育があるため、急いで準備する唄子を置いて1人で部屋を出た。
そして、いつもと違うことがもう1つ。毎日最低3通は入っているラブレター(定期的に送ってくる奴がいる)が、今日は1通しかなかった。普段はここで差出人の名前を見もせずに唄子にわたすのだが、今日は唄子がいない。そのせいか封筒に書かれた名前が目に入ってしまった。
「…ん?」
差出人のところに書いてあったのは“鬼頭すずな”という美しい文字。
これはもしかして……
「……おにあたま、すずな?」
苗字は妙に厳つく怖いが、このすずなという名前。そしてこの達筆な文字にピンクの可愛らしい封筒。断言しよう、差出人は女であると。
「おんなが、おんなにラブレター…」
まさか俺が男だと見破ったわけでもあるまいし、これはかなり不自然だ。いや待てよ、これがラブレターだとまだ決まったわけではない。とりあえず中身を確認しなければ。
俺はその場で今まで開けたこともないラブレターとやらの封を切った。中にはこれまた可愛らしい紙に美しい文字が並べてある。
「小宮今日子様へ。このようなお手紙を突然出すご無礼をお許しください。先日、あなた様とすれちがった際、私はあなたに一目惚れ……ってぇぇえ!?」
やっぱりラブレターだった!! どうしよう、マジでどうしよう!
「……あなた様は私のことなど知らないでしょうが、私はあなた様へのこの思いをどうしても抑えることができず、こうやって手紙を差し出した次第でございます。つきましては今日の昼休み、中庭の噴水の前でお待ち申し上げて……ってマジで!?」
この丁寧で繊細な文章といい、均一のとれた美しい文字といい、すずなという愛らしい名前といい、相手の大和撫子な人柄が現れるようだ。きっと相手は旧家のお嬢様か何かなのだろう。おしとやかで、感受性豊かで、健気な女性らしいタイプだ。
「レズ、の人なのかなぁ……」
とっさに唄子の友人、柊芽々を思い出す。あいつを見ているとガチのレズがいてもおかしくないとは考えていたが、この手紙を見る限りあんな下品な変態女と比べるのは失礼というものだ。
「……よし」
女装なんぞしてこの学校に来た時点で彼女なんていうものは諦めていたが、もしかしたらまだ諦めなくていいかもしれない。相手がレズだとか俺がほんとは男だとか些細な問題はいくつかあるが、それはもうこの際どうでもいい。愛の前には性別など無意味なのだ。
さしあたっての問題は、この手紙が唄子にバレないようにすることだ。あの野郎は男と俺をくっつけたがっているから、女からのラブレターなんてバレたら絶対に没収……
「もう酷いよキョウちゃん! あたしを置いてさっさと行っちゃうなんて!」
「ぎゃあああ!」
後ろから突然唄子の声がして俺は飛び上がらんばかりに驚く。持っていた手紙をすぐさま後ろ手に隠した。
「な、なによ。そんなにびっくりしなくてもいいでしょ」
「……すまん」
唄子は訝しそうに目を細めていたが、俺が素直に謝るとそれ以上は何も言ってはこなかった。ほっと一息つく俺の前に唄子の手がのびてくる。
「はい」
「え、何その手」
「何って。今日のラブレター。いつもわたしてくるでしょ」
ひきつりそうになる顔をなんとか戻して必死に平常心を保つ。ここで怪しい行動を取れば一巻の終わりだ。
「あー……、今日はなかった! うん、なかった」
「え、ほんとに? まぁキョウちゃん呼び出しされても行かないしねぇ。人気落ちてきたんじゃない?」
「はは、はははは……」
俺の演技が上手いのか奴が鈍いのか、とりあえず唄子は何も疑うことなく下靴に履き替える。俺は奴に見えないように手紙をこっそり懐に入れた。
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