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ストレンジ・デイズ



「聞いたことあるかもしれないけど、俺、父さんが死んでからずっと母子家庭で、こんな私立に通うお金なんて本当はないんだ」

「……ああ、そう」

いきなりの身の上話に動揺したが、俺は冷静な態度を崩さないようにした。もしかして八十島の奴、俺の考えに気がついているのだろうか。

「でも学園の人が奨学金を出すから残らないかって言ってくれて」

「まあ、お前頭いいもんな」

「最初は断ってたんだ。お金がかかるのは学費だけじゃないから」

「……」

これはほぼ100パーセントといっていいほど、八十島は気づいているんじゃないだろうか。でもわざわざこんな話をするなんて、一体どういうつもりなんだろう。

「そうしたら、そういうのも学校側が全部援助してくれるって提案されて、だから俺は学校に残ることにしたんだ」

「そういうのも?」

「食費とか寮の家賃とか、修学旅行代とか細かい部分も全部」

「ええっ!?」

八十島は何でもないことのように話しているが、それってかなりすごいことだ。八十島の生活費のすべてを学校側が出すなんて、そんなことが許されるのか。

「食事代もらってんの!? いいのかよそれ!」

「駄目に決まってるだろ。だから内緒にしといて」

内緒にしといて、っておい。俺の遠まわしの気づかいを踏みにじってなに軽ーく言ってやがんだこの野郎。

「じゃあ、いったい何のために金が必要なんだよ」

まさか遊ぶ金欲しさとか言わないよな、と八十島に祈るような視線を向けると、奴はあっけらかんとした表情でこう言った。

「部活」

「…へ?」

「サッカーだよサッカー。俺、サッカーがやりたくて仕方がなかったんだ。学校もさすがに部費までは出さないし、でもせっかくサッカーの名門校にいるのに諦めるのは嫌だったから」

「だ、だからあんなことしてたっていうのか!?」

「ああ」

「……!」

まさかの理由に俺はしばしの間、唖然とするしかなかった。サッカーをやりたい気持ちはわかるが、だからといって普通男には抱かれないだろ!?

「…でも良かった」

「え、何が」

「もう、絶対小宮に嫌われたって思ってたから」

文句を言うために口を開きかけていた俺は、涙目になりながらこちらを見る八十島に、あっという間に毒気を抜かれてしまう。おい、そんな潤んだ瞳をこっちに向けんじゃねえ。

「あんなとこ見られて、小宮は俺と目も合わせてくれなくなるだろうなって覚悟してたんだ。でも小宮は嫌うどころか俺のためにカレー作ってきてくれて、すげぇ嬉しかった。本当にありがとう」

「いや、まぁ…うん」

沢木は俺の手をぎゅっと握ると全身で感動を訴えてくる。八十島は趣味のために身体を売って金を手に入れる最低野郎と言っても過言ではないのに、その目はどこまでも純粋だ。

「俺、小宮に名前で呼んでほしい」

「へ」

「俺のことは善って呼んでくれ。駄目か?」

「…いや、別にいいけど」

「良かった!」

結局のところ、俺がしたことは何の解決にもなっていないし意味なんてまるでなかったのだが、子供のようにはしゃぐ八十島を見ていると何も言えなくなった。ごまかされているような気がしてならないが、どのみち俺は八十島に何もしてやれない。

「いくらサッカーやりたいからって、したくもないことを我慢してする必要ないと思うぞ。だいたいお前ホモでもなんでもないんだろ?」

「どちらかというと女の子が好きってだけで、男が無理なわけじゃないよ。それに別にしたくないってわけじゃないし」

「は?」

「いや、この学校にいるとさ、色々たまるんだよなー。エロ本とかAVじゃ全っ然もの足りなくて」

「は?」

エロ本? AV? 爽やかイケメンからはかけ離れた単語が八十島から飛び出すのを聞いて開いた口が塞がらなくなる。そんな俺の表情に気づいた八十島はしまったという表情を作った。

「ごめん! 女子にこんな話駄目だよな。最近まで男子に囲まれてたから、つい口がすべって」

「口がすべって?」

「いや、小宮は知らないだろうけど、共学になる前は教室で毎日下ネタのオンパレードだったから。なのに女子が入った瞬間みんなすっかり大人しくなっちゃって。まあうっかり口がすべりそうになるときもあるけどさ。今の俺みたいに」

「……」

俺も一応男だが、そういう話はあまり友人同士でしたことがない。エロ本もAVも見たことがないし、あまり興味もないというかなり珍しい人種である。そのせいかどうかはわからないが、この年にも関わらず恋愛にもまったく積極的ではない。だってどんな女を見ても怜悧の前では霞んで見えるし、香月ほど俺に対して献身的な奴はいない。誰かに惹かれるという感情が俺にはいまいちピンとこないのだ。

「悪い小宮! 頼むから引かないでくれ。小宮ってなんか女っぽくないから、ついペラペラ話しちゃって。あっ、女っぽくないって失礼だよな。うわーごめん!」

八十島、お前はもうしゃべらない方がいいんじゃないだろうか。男まみれで生活してきたせいなのか女の扱いが下手すぎる。だが幸運なことに俺は女ではなく男で、女っぽくないなどと言われても傷つくどころか逆に嬉しい限りだ。女化しているのではないかという俺の不安を八十島は見事に取り去ってくれた。こいつならもしかして、俺を女扱いしてこないかもしれない。

「いいんだ、善。俺を無理に女扱いすることねえよ。ありのままの俺と、これからも仲良くしてくれ」

「小宮……」

色々問題が残っている気がするが、考えるのもめんどくさいしもう細かいことは気にしないことにする。たとえコイツの頭の中がエロいことまみれでも、俺は八十島が気に入っているし友達になりたいとも思っている。奴のすべてを受け入れることに決めた俺は、嬉しそうに微笑む八十島の手を友情を込めてぎゅっと握り返した。


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