ストレンジ・デイズ
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「トミーせんぱぁい!」
昼休み、俺はさっそくお手製弁当をぶらさげて、食堂の生徒会専用に座るトミーの元へ駆け寄った。これから地獄を味わうことになるとも知らず、奴は俺に気づくとフレンドリーに手を振り返してきた。
「今日子ちゃん、夏が話したいことあるんだって。聞いてくれるかな」
開口一番のトミーの言葉に俺の偽物の笑顔が一瞬引きつる。トミーの横には、昨日俺をぶっ飛ばしてくれやがった夏川夏の姿があった。
「ほら、夏。今日子ちゃんに言うことがあるだろう」
「ああ」
勢い良く立ち上がった夏川は軽い足取りで目の前まで来たかと思うと、一瞬で俺の手をとった。そして奴の顔が白々しいほど申し訳なさそうに崩れる。
「悪かったよ、小宮。女子に手をあげるなんざ、男として最低の行為だった。頼む、許してくれ」
まさか頭を下げてくるとは思っていなかった俺は、奴の言葉を理解するのに数秒かかった。たとえ理解できたとしても、許す気などさらさらなかったわけだが。
「はあ? 何言っちゃってんのお前。俺に許してほしいなら、今この場で土下座…」
「小宮」
表情を崩した夏川が急に俺の身体を引き寄せてくる。そしてトミーから死角になったと思った瞬間、奴は含みがありそうな笑顔をぐいと近づけ、俺の手を痛いぐらいに握りしめてきた。
「許してくれるよな? キョウスケくん」
「なっ」
耳元で囁かれた自分の本名に、俺の背筋が凍る。どんなに温和に微笑んでいても夏川の目はまったく笑っていない。
おそらくこれは脅しなのだ。許さねえと今すぐこの場でお前の正体をトミーにバラすぞ、という悪質な脅し。
「……仕方ねえな、今回だけだぞ」
俺がなけなしのプライドを晒すような台詞を吐いて、ようやく手を離す夏川。後ろでは俺達の様子をハラハラしながら見ていたらしいトミーがほっと息を吐いた。
「ごめんね、今日子ちゃん。夏には僕からも厳しく言っといたから。許してくれて良かった。夏もかなり反省してるみたいだし」
いや全然反省してねえよコイツ! 今だってかなり無理やりだったんだぞ! 腐れ縁なら奴の腐った中身ちゃんと理解しとけよ!
「あれ? 今日子ちゃん、それってお弁当?」
「えっ、あ…そうだ!」
まずいまずい、ここにきた本来の目的を忘れるところだった。俺はトミーに今朝方作った手製の弁当を食べさせに来たのだ。
「実は〜、今日子、トミー先輩にお弁当作ってきたんですよぉ」
「えっ、僕に?」
食べてくださーい、とばかりに手に持っていた弁当を差し出す。そんな俺を見て夏川が吹き出しそうになっていた。俺のぶりっこ口調がおかしくて仕方がないらしい。
「ありがとう! すごく嬉しいよ」
俺のげろマズ弁当をウキウキしながら受け取り蓋を開けるトミー。ガキのようにはしゃぐ奴を見ていると、俺の小さな良心が疼かないこともなかったが、背に腹は帰られない。しっかりしろ響介。妹が受けた傷を思い出せ。
「うわっ…」
ちなみに今のは俺の手製弁当の中身を見た夏川の第一声だ。見た目からしてヤバい俺の料理は、もはや何を作ろうとしていたのかも謎である。夏川は「俺なら絶対食わねえ」という切実な言葉の後、俺の首根っこをひっつかんだ。
「おい、なんだよあれ。ハルキへの嫌がらせか?」
「失礼な。俺が作った愛情たっぷり弁当だろうが」
「アホか。あんなもん人間の食いもんじゃ─」
「あーーっ!!」
突然の耳をつんざくような叫び声に、俺と夏川はそろって同じ方向へ顔を向ける。視線の先にいたのは怒り爆発の漢次郎と、手下のおチビちゃん達だった。
「漢次郎ー! お前、相変わらず可愛…」
「黙れ小宮今日子! お前、なんで夏川様と引っ付いてるんだよっ! 僕の手紙見なかったのか!?」
「見たよ! 見た見た! ありがとなー。大丈夫、お前の気持ちは十分伝わってるから」
「だったら何で礼なんか言うんだよ!」
食堂で人目もはばからず言い争う俺と漢次郎を始めとする会長ファンクラブの皆さん。ちなみにその会長はといえば俺達に向かって何か言ってるようだったが、ファン達の俺への罵倒がうるさすぎて殆ど聞こえていない。
「なあ小宮今日子、なあってば」
「うっせー、バ会長。いま俺は漢次郎と話してんだよ。邪魔すんな」
「じゃなくて、あれ」
あまりにしつこいので夏川が指差した先を見ると、そこにはからの弁当箱があった。そう、俺がトミーのために用意した弁当箱だ。
「ごちそうさまでした」
満足そうなトミーが箸をおいて手を合わせている。口元に食べカスらしきものがついていたが、まさか、まさかとは思うがこいつ…
「完食ぅ!?」
「あ、うん。美味しかったよ。ありがとう今日子ちゃん」
「マジ!?」
トミーって怖ぇえ!! あの汚物を完食って! しかも超早えし。てかほんとに食べてたの? 俺が見てない間にゴミ箱に捨てたとかじゃなく?
「そ、そんなぁ…」
予想だにしなかったまさかの展開に思わず脱力する。大満足の笑みを浮かべるトミーに、俺の計画は脆くも崩れ去っていった。
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