ストレンジ・デイズ
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「それはいいんですがキョウ様、もう1時間目が終わる時間なんですけど、授業受けなくて大丈夫なんですか?」
香月からもっともな指摘をされ、俺は一瞬言葉に詰まった。藤堂からは授業に出なければデフ落ちだと釘を刺されている。このサボリがバレたら大変だ。
「料理してたら時間なくなったんだからしょうがないだろ。藤堂にチクったらしばくぞ。つかオマエだってサボってるくせに、偉そうに説教してんじゃねえよ」
「俺は見回りしてるんです! 風紀委員の活動の一環で」
「風紀委員〜? オマエ俺の許可なく、んなもん入ってたのか」
「強制的に、ですよ。言ってなかったですっけ?」
「聞いてない」
香月はなんでもないことのように話すが、確か唄子いわく、この学校の風紀委員は特殊な組織だったはずだ。そんなんに入って大丈夫なのか、コイツ。
「俺、風紀委員の噂、唄子から色々聞いてるぞ」
「ほんとですか!? 一体どんな?」
どんなって……どんな?
「忘れた」
「あ、そうですか…」
明らかにがっくりきていた香月に、俺は少しばかり申し訳なく思った。香月が自力で立ち直るのを待ちながらポケットに手を突っ込んでいた俺は、コイツを呼び出した本来の目的を思い出した。
「そうだ香月、これ結んでくれ」
俺が自分のネクタイをわたすと香月は一瞬きょとんとする。だが、すぐさまそれを俺の襟元にまわし丁寧に結び始めた。
「キョウ様…ネクタイぐらい結べるようになりませんと」
「いいだろ、お前がいるんだから」
「今まではどうなさっていたんですか?」
「唄子にやらせてた」
「今日は?」
「…喧嘩したんだよ。だってあいつ、妹と俺の関係が変だって言いやがるから」
俺のもごもごした口調でも聞き取れたらしい香月は、少し困った顔になった。俺としては自分は悪くないアピールをしたかっただけなのだが、香月は口元に微笑を浮かべ慰めるように俺の肩へ手を添えた。
「気にすることはありません。確か唄子さんにもご兄弟がいらっしゃいますし、一緒に暮らしていると遠慮がなくなりますから。キョウ様のように妹を愛でる気持ちが理解しづらいのでしょう」
「……」
唄子に苛立っているのは本当だが、今の俺は香月の一言一言が気に障った。唄子に兄弟がいるなどという新情報を、何故香月が知っている。俺の知らない所で交流でもあるというのか。気にくわない。ここに来てから気にくわないことばかりだ。
「…怜悧の声が聞きたい。ゆーじも音信不通だし」
「キョウ様…」
俺の肩を抱き頭を優しく撫でる香月。その手の感触に、もやもやした気分が少しだけ取り払われた。
「俺から旦那様にお願いしておきますから。怜悧様と連絡を取れるように。ね? だから元気を出してください」
「……絶対だぞ。約束だからな」
「はい、約束です」
やはり昔からの知り合いが近くにいるというのは頼もしい。香月が一緒に来てくれて良かったかもしれない。
「それからキョウ様、唄子さんにあまり迷惑をかけてはいけませんよ。せっかく同室になってくださったんですから」
…せっかく褒めてやったのに、今の一言で台無しだ。香月の馬鹿。このダサメガネ。どうして俺が悪い前提なんだ。
「なんだよ、何でお前そんなにあの女のことばっか庇うんだよ。俺とアイツのどっちが大事なんだっつの!」
唄子なんかの味方しやがって、そんなにアイツが好きならここに永久就職でもしてろ!
「キョウ様、別に俺はそんなつもりは…」
「うるさいっ、何にも知らないくせに」
俺は香月を有らん限りの力で突き飛ばし、一目散に走り去る。そして振り向き様、香月に向かって捨て台詞を残してやった。
「あいつなんて、お前のこと、裏で敬語攻めって呼んでるんだからなー!」
「けいご、ぜめ…?」
ろくに説明もせず校舎へすっ飛んでいった俺。残された香月の、疑問いっぱいの台詞だけがその場に残された。
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