ストレンジ・デイズ
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部屋に戻り就寝体勢に入った後も、唄子はまだ頭を抱えため息をついていた。二段ベッドの下からうめき声が聞こえてくる。どうやら俺がその四十万先生とやらに教えてもらうのが相当羨ましいらしい。
「お前も校長に教えて欲しいって頼めば良かったじゃねえか。俺達と一緒が嫌なら別の曜日にすればいいし」
「教師がわざわざ個人指導なんてしてくれるわけないと思ったのよー。よっぽど成績が悪くない限り。四十万先生に目をつけるなんて…やるわね八十島君」
「なに? 校長って暇なのか?」
「そうじゃないけど、頼めばやってくれそうな人柄なの。あたしもお願いしたかったんだけど、四十万先生あたしが理事長の孫だって知ってるし、権力行使みたいで嫌だったのよ」
気にしすぎだろうと肩をすくめる俺の下から乱暴に枕を叩く音が聞こえる。さわらぬ神に祟りなし。苛ついている唄子には関わらないのが懸命だ。
「おい、もう電気消すからな」
俺は手を伸ばせば届くところにあるヒモを引いて明かりを豆電球にした。そして布団に潜り込むと首にかけてある妹の写真を強く握りしめた。
「怜悧、お兄ちゃん頑張るからな。富里をこっぴどくふったらすぐにお前の元に帰るから、ひどい男に騙されるんじゃないぞ。おやすみ、俺の可愛い怜悧」
いつものように怜悧に愛を伝えると、俺は怜悧の夢が見られるように神様にお願いしながら目を閉じた。
「キョウちゃんさぁ…その寝る前の儀式みたいなヤツ絶対しなきゃ駄目なの?」
せっかくいい気分で眠ろうとしていた時に、下から唄子のうぜー声が聞こえてくる。もうコイツ、俺の目が覚めた時に消えてくれてたらいいのに。
「怜悧への愛を伝えて何が悪い。俺の可愛い可愛い妹なんだぞ」
「でもさぁ…キョウちゃんの兄妹愛って何か行き過ぎというか…。普通妹の写真入れてるロケットにキスなんかする?」
な、なんでこの女そのことを!
「て、てめぇいつ見てやがった! 盗み見なんて趣味が悪いぞ!」
「いや、たまたま見えただけだけど。妹さん嫌がると思うからやめた方がいいんじゃ…」
「わかってるよそんなの! でも可愛いんだからしょーがねーじゃん! 好きなんだから仕方ねーじゃん!」
「好きって…。まさかキョウちゃん兄妹愛の垣根を越えたりしてないよね!?」
「越えるかボケ!」
結構勘違いされやすいが、俺はいくら可愛いとはいえ妹に間違った感情は抱いていない。そりゃあの愛らしい顔を見ればほっぺにちゅーの1つもしたくなるが、恋人になりたいなどとは微塵も考えたことはない。怜悧の兄になれて、俺はこの上なく幸せな人間だと思っている。
「にしたって、キョウちゃんは妹ラブ過ぎ。可愛がり方も間違ってる。妹さんに何も言われないの?」
「うっせー! テメェに関係ねぇだろ!」
「うわッ」
頭に血がのぼった俺は、唄子に上から枕を投げつけてやった。唄子も俺の怒りに気づいたのか、それ以上何も言うことはなく口を閉ざしていた。
俺がここまでキレたのは、唄子の勝手な物言いだけが理由じゃない。この学校に来てから、怜悧へいくらメールを送っても届かないのだ。香月によると、妹とメールなんかして俺が帰りたいと思わないように、ゆーじ(父)が妹の携帯を機種ごと強制的に変えてしまったらしい。しばらくこの学校で大人しくしていれば新しい番号とアドレスをおしえてくれるそうだが、俺の不安と不満は消えない。だいたい、あのゆーじが俺にそんな意地悪なことをする事がまずおかしいのだ。まさか怜悧のやつ、本当は俺のことが嫌になって着拒否してるんじゃ…。
「いやいや、それはない……はず」
考えれば考えるほど悲しく悲惨になってくる。俺は頭の中の嫌な想像を無理やり追い出し、布団にくるまって眠ることに集中した。
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