ストレンジ・デイズ
□ご縁があります
ようやくすべての授業が終了し普段ならすぐに帰れるはずなのだが、俺は放課後担任に呼び出されていたことを思い出した。無視すると後が怖いので職員室の担任のデスクにまで赴いた俺に、奴は神妙な顔つきで話し出した。
「お前、ふざけてんのか」
「…はい?」
「ふざけてんのかって訊いてんだよ! やる気ねえなら学校来んな!」
突然の怒鳴り声にさすがの俺もちょっと後退する。職員室が一瞬シーンと静まり返った。
「ここに座れ」
めちゃくちゃお怒りらしいホスト教師が指差したイスに、俺は大人しく腰を下ろす。なんとなく今は逆らってはいけないような気がした。
「お前、次あんなふざけた点数取ったら学校やめさせてやるからな。F組に落とされたくなけりゃ、真面目にテスト受けろ」
「…俺、大真面目なんすけど」
「嘘つけ!」
「いや、嘘じゃなくて」
こいつには悪いが、俺は本当に全力でテストの問題を解いたのだ。たとえ再テストを受けたって点数はきっと変わらないだろう。
「…まさか、ありえない。あんな学力しかない生徒がウチの学校、しかもA組に入れるなんて」
俺の真実を語る目に気づいたのか、動揺するイケメン担任教師。だってオレ裏口入学だもん、とはさすがに言えなかった。
「小宮、もしこれがお前の本気なら、入学試験で不正したと思われてもおかしくないような点数なんだぞ」
「カンニングなんかしてねえよ馬鹿。受験の時は幸運の女神サマが俺の元に降臨なさっていたんだ」
俺がテキトーな言い訳をしていると、担任はお綺麗な顔をしかめながら一つのまっとうな提案をした。
「ああっクソ、とにかくお前は毎日勉強しろ! 現国と古典は俺が見てやるから。理科は…山田先生に頼むか」
「山田?」
「ウチのクラスの副担任。それぐらい覚えとけよ」
副担って…ああ、香月のことか。自分でつけた名前なのにすっかり忘れていた。
「お前、まさか俺の名前も知らないんじゃ…」
「………………龍牙?」
「アホか」
丸めた紙(多分俺の成績表)で俺の頭はポンとはたかれる。
なんだよ、チクショー。龍牙って感じの顔してるくせに。
「だって教師の名前なんかいちいち覚えねえ…むっ」
龍牙(仮)の右手により俺のほっぺがぎゅむっとつままれる。殺し屋でも、もっと優しい顔できるだろと言いたくなるような表情だ。ついこの間、俺に恋人のフリしてくださいって泣きついてきたくせに。
「だったら今すぐ叩き込め! 俺の名前はなぁ…」
「まさやん?」
頭上から聞き覚えのある声がしたので振り返る。と、そこにはウチのクラスのスポーツマン、八十島クンがプリントを持って佇んでいた。そして奴の手はなぜか俺をいじめていた担任の腕を掴んでいる。
「なんだ、八十島か。さっさと手ぇ放せ、別に暴力振るってんじゃねえ」
「いや、それはわかってるけどさぁ。職員室入ったら、まさやんが小宮の口をタコみたいにさせてんだもん。まじビビった」
いきなり介入してきた八十島はそう言っておかしそうに笑った。タコと呼ばれた俺はいたって不機嫌だ。
「ていうか、まさやんって?」
「うん。藤堂マサだから、まさやん。」
八十島の口から担任の名前を知り、俺は心の中でそれを復唱した。次また訊かれた時にもし覚えてなかったりしたら、こっぴどくどやされそうだ。
「八十島、お前何しにきたんだよ。部活はどうした」
「球技大会のメンバー表、まとまったから持ってきたんだよ。まさやんが言ったことだろ」
「ああ、そこの隅にでも置いといてくれ」
用件がわかると藤堂は八十島が視線を俺に移し、すっかり困り果てた顔でため息をついた。そのツラを見てるとなんとなく腹が立ってくる。
「問題は英語と数学だなぁ。英語は新名先生に頼んでみるとして、数学は…どうすりゃいいのやら」
「いいから早く俺を解放しろよまさやん」
「お前がまさやん言うな! つーか俺はお前のためにだなぁ…」
「何の話?」
藤堂との会話に興味を持ったのか八十島が首を突っ込んできた。学年トップの天才君には縁のない事だ。
「おめーには関係ねえよ」
「もし、小宮が先生探してるんなら紹介しようか?」
突然の八十島の申し出に、俺よりも早く藤堂が反応した。
「紹介って、八十島お前アテでもあんの?」
「四十万(シジマ)先生に頼んでみる」
「…は!? お前あの人校長だぞ!?」
「知ってるよ、まさやん。でも俺たまに勉強見てもらってんの。もともと数学の先生だし」
「わざわざ頼んだのか? すげぇ積極的だな、お前」
「まーね。――で、どうする小宮」
同時に俺を捉える4つの目。八十島の優しそうな視線と、藤堂の脅すような眼差し。俺は黙ってうなずくしかなかった。
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