ストレンジ・デイズ
□勝利は我が手に
「キョウちゃん! 夏川先輩に蹴られたってほんと!?」
「……」
5時間目のホームルーム。教室に戻った唄子が開口一番に発した言葉がそれだった。
「…何で知ってんだよ。お前の情報網怖いな」
「みんな知ってるわよ! すごい噂になってる。ね、ほんと?」
本当だ。と堂々と答えられるほどプライドがないわけではない。けれど嘘をついてもすぐにバレるだろうし、ここは正直に白状するしかないだろう。
「あの金髪野郎、こんなしおらしい女の子相手に回し蹴りだぜ? 最低だよ。ありゃ鬼だね鬼」
「やっぱりほんとなんだー! ってか、回し蹴り? キョウちゃん大袈裟に言ってない?」
「……そんなこと、ねえよ」
まあ確かに回し蹴り、と表現するには些か回転が足りなかったような気はするが、それは別に重要じゃない。問題は俺があんな人目の多い場所で、一方的に夏川にやられてしまったということだ。
「だいたいやり返すなら、この前会ったときにやりゃ良かったんじゃねえか。それをわざわざあんな人目の多い場所で」
「それが狙いでしょ。夏川先輩がキョウちゃんに蹴られたときも、人がいっぱいいたわけだし。あー、そういう人だってことすっかり忘れてたわ」
「でも普通、女なんか蹴ったら反感買いまくりだろ。夏川はそのあたり考えなかったのか。漢次郎ですらちょっと怒ってたんだぞ。いや、アイツはフェミニストだから当然なんだけど」
「周りの目はどうでもいいんじゃない。それに騒いでる人達の意見はだいたい半分に別れてるよ。ノンケの皆さんは夏川死ね! って感じで、夏川ファンの子達は小宮いい気味〜、みたいな」
「あぁ、そう…」
どちらもあまり喜べない反応ではあるが、小宮今日子は夏川に力で屈服させられた、的な感じのものがなかっただけよしとしよう。
「…まぁ、とりあえず俺は夏川への復讐方法を考えることにする」
「キョウちゃんの復讐相手って富里先輩じゃなかった?」
「うるせぇな! 今は夏川の方がムカつくんだからいいだろ!」
そもそも何故この学校に来たのか、その理由を放置して俺は唄子に怒鳴った。途端にしかめっ面になった唄子は無視し、夏川へどうすればダメージを与えられるか考えをめぐらす。認めたくはないが、恐らく真正面から勝負を挑んでも返り討ちにされてしまうだろう。だとしたら、やはりここは精神的に…。
「よし、決めた。俺、トミーともっと親密になることにする」
「え……それって、どういうこと?」
夏川への復讐と豪語したにも関わらずトミーの名前を出した俺に、唄子の頭上にはハテナマークが。俺は自分の考えた案を懇切丁寧に説明した。
「富里が今日言ってたんだよ。自分と会長は腐れ縁なんだって。つまり2人は幼なじみってわけだ。弱味の1つや2つ知ってんだろ。それをトミーをたぶらかして聞き出せば富里とも仲良くなれて、一石二鳥。いいアイディアだろ?」
「うん。でもそれちょっと回りくどすぎる気が…」
「別に俺がいいんだからいいんだよ。ってことで唄子、俺は明日から富里と昼飯を食う。お前とはもう食べない」
「……それ本気で言ってるの?」
「男に二言はねえ」
だいたい何で俺が昼休みまでこんな妄想女に付き合わなきゃいけないんだ。勝手に変態柊と丸メガネを引き込んだ罰だ。いくら嫌だと止めたって、考えを変える気は…
「きゃー!! グッジョブよキョウちゃん! それでこそ真の総受け! 色んなタイプの攻めに囲まれて、ギャラリーの嫉妬と羨望の眼差しを受けながらの昼食…。なんて素敵なのかしら!あたしが何もしなくても王道になっていく不思議!」
「………」
なんだコイツ、まさかまた例の発作が始まったのか。
「唄子、俺はもうお前と一生ランチしないんだからな」
「いいに決まってんじゃないそんなこと! それより総受けフラグの方が百倍大事! ねぇ、あたしこっそり覗いててもいい? 右手にオレ様生徒会長、左手に腹黒副会長。あぁ〜どうしよう、今日子困っちゃう!」
「…勝手に困ってろ」
俺と昼食を食べられなくなることを歯牙にもかけず、妄想タイムに入る唄子。こんのクソ野郎と心の中で罵倒していたその時、前方から担任の怒声が飛んできた。
「コラァそこ! お前らさっきからしゃべりすぎだ! ホームルームとっくに始まってんだぞ!!」
「…ちっ、うっせえな」
自分の世界に入り込んでホスト教師の注意なんか聞いちゃいない唄子と、バレない程度に小さく舌打ちした俺。ところが俺の悪態は担任の耳に届いていたようで、奴は俺を死人のような暗い表情で睨みつけてきた。
「小宮ぁ…てめぇ、あんなふざけた点数とっといてその態度はないよなぁ…?」
「…………すんません」
担任教師のヤクザのような形相と声色に、クラスメート達は、え、どんな点数?とざわめき出す。実力テストの悲惨な結果を思い出した俺は、鬱々と担任に謝った。
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