ストレンジ・デイズ
■
俺は少しばかり息を切らして旦那様の書斎の前に立っていた。意を決してドアをノックすると中から、誰だ、という声がする。旦那様だ。
「香月です」
「入れ」
俺はドアをゆっくりと開ける。旦那様は俺が入ってきたのと同時に安楽椅子から腰をあげた。
「ちょうどいい、お前に話があったところだ」
旦那様に促されて俺はデスク用の椅子に座った。彼もまた俺の目の前に腰を落ち着ける。
俺の雇い主、そして響介様達のお父上でもある真宮祐司。彼はいくつもの会社を手がける実業家だ。俺も時々だが会社の仕事を手伝っている。40代とは思えない若々しい容姿と風格で、仕事にも真面目に取り組み部下からの信頼の厚い─まあ色々と困った所もあるが─尊敬すべきお方だ。
だからこそ、今回のことには納得がいかなかった。
「聞きましたよ旦那様。響介様のこと。まさかあんな馬鹿げたことを、本当にさせる気じゃないですよね?」
「私は本気だよ。最神学園にはすでに手を回した」
旦那様の言葉に俺は絶句した。
「どうしてですか!? 理由を訊かせてください!」
怜悧様の我が儘に押し切られて、は理由ではないはずだ。そんな方ではない。
「すまない香月、本来ならば一番にお前に伝えなければならなかった。色々と立て込んでいてな」
旦那様の表情は険しかった。長年の付き合いだ。なにかある、と俺は感づいた。
「私は少し前、ある企業を買収した。それはお前も知っているだろう」
「……それがこの話とどういう…」
「待て待て。最後まで話を聞け」
旦那様は俺を宥めるようにいった。
「その会社の取締役だった田山という男。お前知ってるか?」
「田山…? 確か解任になった方ですね」
「ああ、そいつだ」
旦那様はいぜん深刻な表情のまま顔の前で手を組んだ。
「そしてそいつは職を失い、妻と子に逃げられたらしい。そしていま私を恨み、復讐しようとしている」
「なんですって?」
俺は自分の耳を疑いたくなった。もしこれが事実なら大変なことだ。金を儲けるためには手段を選ばない旦那様は敵も多い。いつかこんな日が来るのではないかと、前々から危惧していたのだ。
「ではすぐに護衛をつけましょう。何かあってからでは遅いですから」
旦那様は俺を雇ってくれた恩人でもある。何があっても守らなくてはならない存在だ。しかし彼は俺の提案にゆっくりとかぶりを振った。
「狙われているのは私ではない」
「え?」
訳が分からない俺をちらりと見て、旦那様は話を続けた。
「あやつは自分が受けた悲しみを、家族を失う辛さを、私にも味あわせようとしている。目には目を、歯には歯をってヤツだ」
「ということは…」
旦那様は眉間に皺をよせたまま頷いた。
「狙われているのは、響介だ」
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!