ストレンジ・デイズ
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唄子が話をつける間、初対面に近い存在の自分はいない方がいいだろうと考え、俺は奴の横で壁に寄りかかり待っていた。ノックしてしばらくの後、女の声と共にドアが開いた。
「はいはーい、どちら様ー?」
「あたし。ごめんね、いきなり押しかけて」
「あっ、唄子ちゃん! なになに? 何の用?」
「いや、実はさぁ…」
ゴキブリ出現からバルサンの件までを、ちょっとした脚色を交えて説明する唄子。相手の声は唄子よりも甲高く、声優にでも向いてそうだった
「…と、言う訳なのよ。だから今日1日、泊めてくれない? 私たち全然、雑魚寝でオッケーだしさ」
「う、うん。それはかまわないんだけど…」
「だけど?」
「あの、もう1人の…」
「ああ、キョウちゃんね! 来てるよ、紹介する!」
2人の話を横で黙って聞いていた俺は、ずずいと唄子に引きずり出された。目が合う俺と唄子の友人A。クラスメートのはずなのに何だか初対面みたいだ。
「キョウちゃん、こちらあたしの友達の柊芽々(ヒイラギメメ)ちゃん」
「ども…」
とりあえず頭を軽く下げてみる。唄子に紹介された柊という女子は、ハッキリ言ってちょっと可愛かった。150あるかないかの身長に加え童顔で、おかっぱ頭がよく似合っている。美人、ではないものの大きい目が特徴の愛らしい顔つきの女子だ。美しさの点では怜悧に遠く及ばないが、クラスではマスコットキャラとして人気を博しそうな雰囲気がある。
「で、これがあたしと同室の小宮今日子、通称キョウちゃんね」
柊は唄子に紹介された俺をずっと凝視している。なかなか口を開こうとしない柊から飛び出した言葉は、かなり変わったものだった。
「す、す、素敵!!」
いきなり俺の手を取りキラキラと輝いた目で見上げてくる柊。俺は反射的に一歩後退した。
「今日子お姉様とお呼びしても…?」
「は?」
おねえさま、って俺別にコイツの姉貴じゃねえ。
「私、ずっとお姉様に憧れてました! お姉様はいつも自信に満ち溢れて凛としていらっしゃいましたから、あまりに眩すぎて今まで声をかけることも出来ませんでした。美しいお姉様とこうやってお話し出来る日がくるなんて! 私は幸せです! ああ、お姉様! そんな困った顔をなさらないで。出来ることならその甘く崩れた表情をカメラにおさめたい!」
「………」
まだろくに会話したこともないが、わかる。こいつは唄子並みに変だ。もしかしたらそれ以上に。関わらない方がいいと俺の本能が訴えている。
「おい唄子! 何が普通の可愛い子だ! おもいっくそ変じゃねえか」
「…おかしいな。ねぇ芽々ちゃん、何かいつもとキャラ違くない…?」
「そんなことないわ。さあ2人とも遠慮せずに入って!」
ずいぶんご機嫌な様子で柊は俺達を招き入れる。嫌だと首を振る俺の腕を唄子が無理やり引っ張った。
「同じ部屋に泊まるということはすなわち、お姉様の寝間着姿を拝めるということ…。私、今夜は眠れそうにありません」
「唄子、俺やっぱ帰る!」
「駄目だってば。ほら、大人しくスリッパ脱ぎなさいっ」
ずるずると唄子に引きずられる俺を柊はうっとりした目を向けてきた。
「お姉様、恥ずかしがることないです。これからもっと親密になって、お姉様のすべてを私におしえて下さいな。お姉様の私服や浴衣姿。そしていつかは美しい水着姿も……やっべ鼻血が」
「………」
ぞぞぞぞぞっ。
俺を卑しい目で見る柊に恐怖を感じつつ、ゴキブリのいる部屋とこの女のいる部屋、どちらがマシか俺は真剣に考える羽目になった。
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