ストレンジ・デイズ
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「業者呼ぶって…ゴキブリ1匹でそんなこと出来んの?」
「普通は無理ね」
「じゃあどうすんだよ」
不機嫌な表情の俺の言葉に、唄子はこれでもかというぐらい偉そうにふんぞり返った。
「ばっか、あたしを誰だと思ってんの。理事長の孫よ孫! この学校であたしに不可能な事はない!」
うおおおお唄子様! と俺は思わずひれ伏してしまいそうになった。初めてコイツが同室で良かったと心の底から思った貴重な瞬間だ。
なかなか使える女子、唄子はさっそく電話をかけているが、いったい誰にゴキブリ退治を頼むつもりなのだろうか。
「あ、もしもし、おじいちゃん?」
ストレートォ! まさかのピラミッド頂点! …すげぇよ唄子。普段は理事長の孫だからって特別扱いは嫌とか良い子ぶってるくせに、こういう時はあっさり立場を利用するのか。清々しすぎるぜ。
「あのね、あたしの部屋にゴキブリが出たから駆除して欲しいんだけど、いいかな? うん、そう駆除。…え? あーダメダメ、キョウちゃんもゴキブリ怖いんだって。うん、そうなの。ほんっと役にたたないんだからあの草食系男子」
「誰が草食系だ」
聞き捨てならない唄子の悪口に俺はついつい言い返してしまう。実際、俺はどちらかというと肉食系だろうと思うのだが、…違うのか?
「うん…うん。ありがとうおじいちゃん。あたし、おじいちゃんの孫で良かった」
話がまとまったらしい唄子は、嬉しそうに理事長にお礼とさよならを言って電話を切る。どうやらコイツと理事長は大変仲が良いらしい。
「キョウちゃん喜べ! おじいちゃんがすぐに人寄越すって」
「マジで!? お前のじーちゃん太っ腹!」
こうして俺達はゴキブリを退治してくれる人を、2人ベッドの上で待つこととなった。俺はまだ女装したままの姿であることを確認し、化粧を落とさなくて良かったとほっとしていた。
それから数十分とたたないうちに俺達の部屋のドアがノックされ、俺はちょっと驚いた。意外に来るのが早かったからだ。
さっさとゴキを退治して欲しいあまり、慌ててベッドをおりてドアを開けた俺の目の前にいたのは、意外な人物だった。俺の永遠のパシリ、香月だ。
「どうも! 害虫駆除にきましたー」
「待ってたぜ! …って香月じゃん」
「そうです! 香月です!」
「…機嫌いいな」
「キョウ様に呼ばれたのがうれしくて!」
「呼んだのはお前じゃなくて業者なんだがな…」
げんなりする俺とは対照的に満面の笑みを浮かべる香月。コイツ何しにきたんだ。
「ど、どうして香月さんがここに?」
ゴキブリ退治人が香月だと気づいた唄子もドアまでやってきて、まさに俺の知りたいことを尋ねる。不似合いなエプロン姿の香月はにこにこ微笑みながら答えた。
「こんばんは唄子さん。理事長に頼まれて、俺がゴキブリを駆除しに来たんですよ」
「うそ……まったく、おじいちゃんたら。すみません香月さん、こんな夜分遅くに」
「いえいえ、お安いご用です」
まさか唄子のジイちゃんと香月がこんな深く繋がっていたとは思わなかった。香月を顎で使いやがって、コレは俺専用のパシリなのに。
「では俺は今からゴキブリを退治するので、お二人は外でお待ち下さい」
「え、俺ら出るのかよ」
「勿論。それとも、ご覧になりたいですか?」
ご覧って、香月がゴキブリを追い払ってるところを、なのか。
前に香月がゴキブリを素手でつぶした事を思い出し、俺は首を思いっきり横に振った。
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