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ストレンジ・デイズ
□今日子と唄子


太陽光る空の下。真っ直ぐな白い線が続く地面を蹴り、全速力で走る。横に並んでいたはずの人間は、すでにはるか後方だ。俺の足はだんだんと加速していき、このまま大空に飛び出せるんじゃないかと錯覚してしまうほどのスピードになった。俺はただただ前だけを見据え、腕を振り腿を上げる。白い横線が見えたと思った時すでにそれを越えていた俺は、急に減速せず無理なくスピードを落とした。
軽く息を切らした俺が振り返ったと同時に他の走者がゴールする。ストップウォッチを持った年増の体育教師、榊(サカキ)が目を輝かせて俺を見つめていた。

「すごい! すごいぞ小宮! 男をも凌ぐ足の速さ! 俺は感動した!」

騒ぎ出す榊の周りに俺の記録を見ようと、まだ走り終えていないクラスメートまで集まりだす。その光景を見た俺はすっかり天狗になってしまっていた。

「キョウちゃん、ちょっと」

体操服の袖をやけに真剣な表情の唄子に引っ張られ、優越感にひたっていた俺はいまだ興奮さめやらぬ集団の輪からはずされる。しかし浮かれるあまり俺は唄子の様子にまったく気づかなかった。

「お前も見た? 俺の駿足。誉めちぎるなら今だぜ」

「アホか!」

バキッ!!

「いてっ」

俺が反撃する間もなく、唄子が鬼の形相で睨みつけてくる。こんの暴力女、もしコイツが男だったら人前でも遠慮なくぶん殴れるのに。

「少しは立場を考えてよキョウちゃん! 50メートルを5.9秒で走る女子がどこにいんの!」

「え、マジで? 6秒きった? うはー、いやもうちょっと走り込めば5.8いくと思うんだけど」

「きいてねぇよ!」

ガツッ!

またしても叩かれた。俺は唄子のチョップをまともにくらった頭部をおさえて痛みに必死で耐える。

「目立っちゃ駄目って、あたしちゃんと忠告したでしょ!? 女には女の限度があるんだから! そんな記録見たらウチの陸上部がほっとかないわよ。学校ぐるみでキョウちゃんを勧誘してくるに決まってるわ! そして無理やり入部させられて、国体に性別詐称で訴えられるのよ! それでもいいわけ!?」

「そ…そりゃ確かにマズい…かな?」

「マズいもマズい! 激マズよ!」

「でも〜、俺って才能を出し惜しみ出来ないタイプだし〜」

このふざけた口調にどうやらキレたらしい唄子は自分の体操服をぐっと握りしめ、俺の目の前に人差し指を突きつけた。

「四の五の言ってないで次からはちゃんと手ぇ抜いて走って! 1回ならまだストップウォッチの故障ですむから!」

「そういわれてもさぁ〜…ああ、そういやお前って俺の前に走ってたんだろ。何秒だったんだ?」

「あ、あたしは関係ないでしょ!」

「いいから教えろよ。笑わないから」

「…………秒」

「え?」

「……11秒」

「冗談だろ」

「本当よ!」

「……………う」

「?」

あ、だめだ。抑えられない。

「うひゃははははは! いやいやいやそんなの鈍足どころの話じゃねえじゃん! カメでももっと早く走れ」

グチッ!!





…………その後、結局なんだかんだで俺は唄子に従い、全力を出さないことを約束させられてしまった。そしてあの女にされた悪質な暴力の後遺症のため、結局俺の記録は7秒台にまで落ち込んでしまった。クソ野郎。


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あきゅろす。
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