未完成の恋 003 「圭ちゃん!」 颯太先輩が自分のクラスに戻って数分後、携帯をいじっていた俺は帰ってきたひなたにすぐには気づかなかった。ひなたは颯太先輩が座っていた席に腰を下ろし俺をまじまじと見つめる。 「おかえり、どうだった」 「すごく楽しかったよ!」 ひなたはいつものパックに花でも散りそうな笑顔になった。 「…ありがとね、圭ちゃん」 少し後ろめたそうに礼を言われた。 まったく、コイツは。 「俺のことなんか気にするなって言ったろ? 大丈夫、颯太先輩が来て一緒に食ってくれたよ」 「ほんとに?」 ひなたの表情がぱあっと明るくなる。 「きいて、圭ちゃん」 「なんだよ」 俺は再び携帯に視線を戻したが、耳はそばだてていた。 「九ヶ島先輩ってね、見た目は恐いけどすっごく……」 ひなたがいきなり話を止めたので、俺は顔を上げた。 「どうした?」 「これ……」 ひなたの視線の先にはぽつんと黒い小銭入れが置いてある。 「あー…マズいな」 「誰の財布?」 俺はその小銭入れ片手ににゆっくり立ち上がった。 「颯太先輩のだ。忘れていったんだな、全然気づかなかった」 俺はその小銭入れを乱暴にポケットに突っ込んだ。 「俺、届けてくる」 「え、でももうすぐ授業始まっちゃうよ」 「サボる!」 後ろからひなたのしかり声が聞こえたが、俺は無視して2年の教室へ向かった。 * * * 「サンキュー、圭人」 颯太先輩は笑って俺が届けた財布を振った。 「お前、時間大丈夫か? 授業始まるぞ」 「いいんです。サボりますから」 先輩が楽しそうにけらけら笑う。 「相変わらずだなー、圭人」 中学の時も、俺はよく授業をサボっていた。さすがに部活を無断で休んだときは思い切り腹を蹴られたが。颯太先輩に。 「そういや、奴はどこです」 「奴? …あぁ成瀬のことか」 先輩のクラスでいつもものすごいオーラを放っている男が、今はいない。 「アイツらも圭人と同じ、サボりだ」 「へぇ…」 …九ヶ島と同じってのが気にくわねえ。 「じゃあ圭人、俺次移動教室だから、もう行くよ」 「マジっすか。あーじゃあ俺は、どっかで昼寝でも」 颯太先輩は俺の頭をぐりぐりなでた。 「けーいとー、サボるのはほどほどにしろよー」 「ん、わかってます!」 俺は先輩の手を振り切って、廊下を一気に駆け抜けた。 後ろから先輩の、ありがとなーという声が聞こえた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |