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未完成の恋
005


それから二十分ぐらいたっただろうか。聞きなれた足音が聴こえ、ひなたが帰ってきたことがわかった。

「圭ちゃん……」

「ひなた!」

俺は慌ててひなたに駆け寄った。

「どうだった?」

俺が尋ねるとひなたは笑顔を作る。

「うん…、OKしてもらえた」

「マジで!?」

俺は少し複雑な気持ちを抱えたまま、ひなたの肩を思い切り抱いた。

「良かったじゃねえか! これで九ヶ島と……って、どうした?」

せっかく憧れの九ヶ島と仮にも恋人同士になれたというのに、ひなたの表情は暗い。
なにかあったのだろうか。

「ううん、何もないよ」

俺の不安をよそに、ひなたはあっさり否定した。

「ホントか?」

「うん」

簡単には信じられなかったが、ひなたの顔を見たらそれ以上追求しようとは思えなかった。

「だったらいいんだけどな。無理するなよ? なにかあったら俺に言え」

「わかってるよ」


その後のひなたは嬉しそうに笑いつつも、どこか浮かない表情だった。ひなたは隠そうとしていたみたいだったが、俺が気づかないはずがない。
悲しんでいる、というよりは、納得できない、といった表情。下校中、ひなたはずっと上の空だった。





* * *






次の日──


「圭ちゃん! 先輩からメールきた!」

その日も、天気は良かった。
昨日の鬱はどこへやら。登校中のひなたはいつもの明るい表情を取り戻していた。いや、むしろ笑顔は十割増し。憧れの九ヶ島と付き合えたのだから当然と言えば当然だ。やはり昨日のあれは俺の思い過ごしだったのだろうか。

「なんて?」

ひなたは携帯画面を食い入るように見つめる。

「えっと…今日一緒に昼食べないかって」

「マジで!? 良かったじゃねえか!」

俺は少し驚いていた。九ヶ島にとって恋人はセフレだ。セフレと昼飯を食うのは奴らしくない。ひなたは早くも九ヶ島の特別になったのだろうか。
俺は自分の考えが現実のものになろうとしている事に気がとられて、ひなたの表情が複雑なことに気がつくのが遅れた。

「何でもっと喜ばねえの? ひなたなんか変たぜ」

「だ、だって…」

俺の気心のしれた親友が、罰が悪そうにうつむいた。


「僕が九ヶ島先輩とお昼に行っちゃったら、圭ちゃんどうなるんだよ」

「ぶっ」

俺はおもわず吹き出してしまった。

「なんで笑ってるのさ」

「だ、だってお前、そんなこと気にするなんて……」

せっかく憧れの九ヶ島と付き合えたのに、バカだなコイツ。

「俺のことは別にいいって。昼、絶対行けよ」

「でも…」

なおも引き下がらないひなたに、呆れつつも嬉しく思っていたら後ろから誰かに肩を叩かれた。

「よぉ圭人」

「颯太先輩!」

後ろに立っていたのは、やけに優しげな顔をした颯太先輩だった。

「おはようございます」

「はよー」

颯太先輩は鞄を持ち直すと、にやにやしながら俺の幼なじみを見つめた。

「成瀬から聞いたぞ〜、天谷ひなたちゃん」

颯太先輩のひやかしに、ひなたの顔がみるみる赤くなっていく。先輩はそれを楽しそうに見ていた。

「先輩、あんまりひなたをいじめないで下さい」

「おぉ、悪ィな」

心のこもっていない詫びを入れてから、ひなたの頭をポンと叩く先輩。まったく、この人は。

「あ、あの…」

うつむいていたひなたは、まだ赤い顔をゆっくり動かし先輩を見上げた。声をかけられた先輩は声が聞こえるように、ひなたに顔を近づける。

「九ヶ島先輩に伝えてくださって、…ありがとうございました」

小さくもごもごとした口調だったが気持ちは十分に伝わったようで、先輩は歯を見せながら嬉しそうに笑った。

「いいってことよ」

またしてもうつむいてしまったひなたを見て、先輩が俺に目配せした。

「かわいー友達だな、圭人」

そりゃあ、そうだろう。なんたって、俺のひなたなんだから。

にやにや笑いをやめようとしない先輩を、俺は愛情を込めてどついた。


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あきゅろす。
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