未完成の恋
003
「颯太せんぱーい!」
目当ての人を見つけた俺は滑るように階段を下りた。俺の呼びかけに気づいた先輩が笑って手をあげた。
「圭人!」
さわやかな笑顔と澄み切った声。阿見颯太という人物は、中学時代から人気者で空手もすごく強かった。俺の一番尊敬している人だ。
「なんだ? 俺に会えてそんなに嬉しかったのかー?」
「めちゃ嬉しいっすよ、先輩!」
颯太先輩は後輩全員から慕われていたが、俺と先輩は特に仲が良かったように思う。俺は颯太先輩を見るたびにしつこく話しかけていた。
「俺、先輩に頼みがあるんです!」
颯太先輩の瞼が、数回まばたきを繰り返す。
「圭人が頼みごとなんて、めずらしいな。なんだ、言ってみろよ」
「ありがとうございます! あの、実は……」
俺はひなたのことを、かいつまんで説明した。
「……というわけなんですけど」
俺の話を真剣に聞いてくれていた先輩が、顎に手を当てる。
「つまり、俺が成瀬に体育館に来いって伝えればいいんだな」
「そうです。…いいですか?」
颯太先輩は口の端をゆがめて、罰が悪そうに笑った。
「そりゃかまわねえけど、天谷ひなたって、お前と付き合ってんじゃなかったっけ?」
「な、付き合ってませんよ! 何回言ったらわかるんですか!」
先輩の笑顔が、にやにやとした楽しそうなものに変わる。どうやら、からかわれたみたいだ。
「たぶん、成瀬はそう思ってんじゃねえか」
「え、ホントですか?」
マズいマズい。どうやら俺とひなたは変な勘違いをされてしまっているようだ。
「ど、どうしましょう!」
「んー? まぁ天谷が告白してくりゃ成瀬も気づくんじゃねえの。俺からも誤解、といといてやるし」
「先輩……!」
感謝の意を込めて、俺は颯太先輩に思い切り抱きついた。
「先輩って、ホントにいい人っすね」
俺の心からのほめ言葉に、颯太先輩は笑みをもらした。
「そうでもねーよ。つかお前こそ天谷のために一肌脱いで、いー奴じゃん」
颯太先輩は俺の頭をポンと叩く。なんだか照れくさくなった。
「俺、ひなた大好きですから!」
先輩は手を顎にあてた。
「…ふーん。まあその気持ちが恋愛感情に変わらないように気をつけろよ? お前じゃ成瀬に勝てねーだろからな」
「なっ……」
悔しい言われようだが、何も言い返せない。男の俺から見ても見た目だけ言えば九ヶ島はかっこよかった。
だがそれを気に病むことはない。俺がひなたをそういう目で見ることはないのだから。
ひなたと俺は、幼なじみ。大切な大切な、俺のたった1人の親友だ。
「そんな心配いらないですよ。俺とひなたはこれからも、永遠に友達ですから」
俺の言葉に先輩は、そうだな、と小さく笑った。
「じゃあ、お願いしますね」
「……わかった」
俺は颯太先輩に背を向け歩き出そうとしたが、先輩は俺の肩をガシッとつかんだ。
「……ホントに、いいのか?」
「―――っ」
俺は思わず言葉に詰まった。俺があまり快く思っていないことに、颯太先輩は気づいていたのだ。
「圭人も知ってるだろ、成瀬のこと…。アイツはいい奴だが、ヒドい一面もある。俺は成瀬の友達だ。けど、俺はそんなことにまで口出しできねぇ」
颯太先輩はもどかしそうに眉をひそめた。険しい表情だ。
「……俺も反対したんですけど、ひなたは本気みたいで」
「そう、か……」
颯太先輩は俺の肩をつかんでいた手を、ゆっくり離した。
「成瀬にはちゃんと伝える。俺にまかせとけ」
「……ありがとう、先輩」
それがひなたの幸せなら、と納得したはずだった。だがやはり俺の気持ちは複雑だ。嫌な予感がする。
そんな俺の考えを理解してか、颯太先輩は俺を心配そうに見つめていた。
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