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未完成の恋
002


中学の時はイジメの原因となった、ひなたの女顔。
それはこの高校ではまったく違う効果をもたらしていた。

「ひなたちゃ〜ん」

「今日もめっちゃ可愛い〜」

比較的ゴツい男達からの強烈なアピール。毎度のことなのに、いつになってもひなたは顔を真っ赤にしてうつむく。

「圭ちゃん…」

すがるように俺の名前を呼ぶひなた。
照れもあるのだろうが、その行為には少し違った感情も含まれている。

1ヶ月前、ひなたは見知らぬ先輩に襲われた。
俺がそいつを殴りとばしなんとか未遂に終わったが、ひなたはその後一週間は俺としか口がきけなかった。もう少しで今まで積み重ねてきた非暴力主義の苦労が消えるところだったが、幸い大事にはならず誰の知るところにもならなかった。
そしてその時から俺は、出来るだけひなたから離れないようにしたのだ。

「アイツらわざわざ教室まで来て、ご苦労なことだよな」

「うん……」

ひなたの心には、まだ1ヶ月前の傷が残っている。だから初対面の人間、よく知らない人間が怖いのだ。
もちろんそんな危ない野郎ばかりではない。純粋にひなたが好きな奴、ただのファン。ひなたに近づいてくる男の本性を見分けるのも俺の仕事だ。悲しいことに友達は選ばなければならない。

「ねぇ圭ちゃん」

「なんだよ」

ひなたは顔を真っ赤にして、恐る恐る口を開いた。

「僕……九ヶ島先輩に告白しようと、思うんだ」

「なっ…、マジかよ」

ひなたの決意したような表情を見て、俺は言葉に詰まった。
手放しでは喜べなかった。
フラれてしまうかもとか、そんな理由じゃない。むしろ告白は成功するだろう。
それが、問題なのだ。

「俺は、賛成できねーぞ……」

俺の考えを読んでいたらしいひなたは、驚いたりショックを受けたりしなかった。かわりにすがるような目で俺の瞳をまっすぐ見る。

「圭ちゃん……」

俺に納得してもらいたいのだろうが、そんな簡単な話ではないのだ。

「アイツに何人男がいると思ってんだよ……」

俺のどこか呆れたような口調に、ひなたは悲しそうにうつむいた。
ひなたにそんな顔させたくなかった。でもこれは確かな事実。
九ヶ島には多数のセフレがいる。体だけのカンケイ、ってやつだ。奴のまともな恋愛の話など、聞いたこともない。

「……わかってるよ、僕が告白してうまくいったって、その中の1人になるだけだって」

ひなたの声は少し震えていたけれど、俺の耳にちゃんと届いた。

「でも、それでもいいんだ。……九ヶ島先輩のそばにいられるなら」

「ひなた……」

俺の胸がきゅっと縮んだ気がした。苦しいのはひなたのはずなのに、歪んだのは俺の顔。

そんなに、あの男が好きなのかよ。


俺の暗い表情に気づいたひなたが、あわてて笑顔を作った。

「も、もしかしたら、ホントに好きになってくれるかもしれないし。どうなるかは、わからないじゃない」

「……そうだな」

ひなたは沈んだ俺を見たくなくて言っているのかもしれない。だが俺は、もしかしてひなたならあの九ヶ島も本気で惚れるのではないだろうか、と思った。

ひなたは優しい。
いや、優しすぎると言ったほうがいいかもしれない。

そんなことを考えていた俺の肩を、ひなたがいきなりガシッとつかんだ。

「僕、圭ちゃんにお願いがあるんだ」

「な…何?」

ひなたの真剣な瞳と俺の目線がぶつかった。この目をした時のひなたには逆らえない。俺の長い付き合いがそれを覚えていた。

「圭ちゃん、阿見先輩と仲良いよね?」

「へ?」

先輩は中学の時からの知り合いで、同じ部活だった。だから確かに仲は良いが、それが何の関係があるっていうんだ。

「阿見先輩、九ヶ島先輩と友達でしょ。一緒にいるところよく見るし…。だから…その……」

ひなたの顔がますます赤くなる。声はどんどん小さくなっていった。

「……阿見先輩に伝言伝えてもらえないかな。放課後、体育館裏に来てほしいって……。ほら、僕じゃ九ヶ島先輩になかなか近づけないし」

俺はやっと合点がいった。九ヶ島とひなたの恋に肩を持つことには若干抵抗はあるが、大事な親友の頼みだ。きかないわけにはいかない。

「……わかった。俺が先輩に頼んでくる」

ひなたの顔がぱぁっと明るくなった。

「ありがと圭ちゃん!」

「ぅお!」

ひなたに抱きつかれ、俺はバランスを崩し倒れてしまう。
そんな俺達を見て、クラスメート達は、またやってるよコイツら、と笑っていた。


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