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未完成の恋
005


長い間、互いにすがりつくように俺達は抱き合っていた。そしてゆっくりと、先輩の方から離れていった。

「もう、行けよ。外で成瀬が待ってんだろ? あんまり待たせると乗り込んでくるぞ」

先輩は俺の腰を2回叩き、出ていくよう促した。変わることに少しの恐怖心もない、と言えば嘘になる。俺の身体は重かった。

「成瀬は圭人のこと大好きだから、何するかわかったもんじゃない」

先輩はふざけて、九ヶ島を恐れるような仕草をしたが、俺は笑えなかった。

「…九ヶ島は、俺のこと好きなんかじゃない、…と思います」

つい出てしまった本音に、先輩も俺自身も驚いた。

「だって…好きな人が出来たら、普通セフレなんていらないじゃないですか。それなのに、アイツは…」

俺の瞼の裏にあの日のことがよみがえる。九ヶ島とキスしていた男。数多いセフレの1人か、本気のお相手か。どちらにせよ、俺の入り込む隙はない。

けれど暗くなっていく俺の顔とは対照的に、先輩は小さく笑みを浮かべた。

「成瀬は一応、自分のものには愛があるからなぁ」

先輩は少し楽しそうに話し出した。周りが静かなだけに、先輩の声が鮮明に俺の耳に届く。

「噂じゃ、男をとっかえひっかえ、飽きたら捨てる最低男なんて言われてるけど、成瀬は一度も理由なしに誰かを捨てたことなんてない。特定の恋人を作らないからセフレだって思われてる。でも本当は1人1人、アイツなりに大事にしてるんだよ」

驚きでまばたきも出来ない俺の頭を、先輩が優しくなでた。

「だからこそ、成瀬が圭人にしたことには驚いた。アイツの性格考えたら、まずありえない」

「じゃ、じゃあどうして九ヶ島はあんなこと…」

うろたえる俺を落ち着かせるかのように、先輩は穏やかに話を続けた。

「それは本人にきけよ。とりあえずお前が他とは違う、特別だってことは確かだ」

特別。九ヶ島から言われたことがある。それは本音だったのだろうか。

そっと立ち上がった俺は先輩に一礼して、別れをいう。答えを知るそのために、外へと続くドアを開いた。



俺を待ってくれていたその人は、出てくる俺の姿に気づき不安げな顔つきで近づいてくる。そんな彼の表情を見た瞬間、俺はまともに顔を見れなくなった。
九ヶ島は、本気で俺を心配してくれたんだ。それだけで十分すぎるほど嬉しい。すぐにでも問い詰めようと思っていた俺の決意は簡単に崩れていく。

「もう、終わったから」

ゆっくり近づいてきた九ヶ島にやっとそれだけ口にして、俺は逃げるように歩き出した。

「圭人!」

俺を呼び止める声が聞こえても立ち止まらない。九ヶ島の顔を見れば何かとんでもないことを言ってしまいそうで、そしてなにより彼の答えをきくのが恐かった。

走りこそしなかったものの、俺はかなりのスピードで歩き、慌てて靴をはきかえる。そして外に飛び出した瞬間、やっと急に訪れた静けさの理由がわかった。

雲の切れ間からまぶしい光が差し込み、ぬかるんだ地面を照らしている。久しぶりの清々しく心地よい空気があたりに満ちていて、俺の体が濡れることはなかった。雨が、やんだのだ。

「待てよ、圭人!」

立ち尽くす俺の腕を強く握る九ヶ島。俺は奴の顔を見ないようにゆっくり振り返った。

「九ヶ島…」

名前を呼んだ瞬間、腕を引かれ強く抱きしめられる。周りに人はいなかったけれど、俺の顔はあまりの恥ずかしさで真っ赤になった。

「圭人、俺はお前が好きだ」

雑音が邪魔することのない九ヶ島の告白に、俺は泣きそうになった。嬉しいからでも、悲しいからでもない。

「お前の返事がどうであろうと、俺は今までの男とは全員関係を絶つ。それで圭人が俺と付き合ってくれるまで何度も、お前に告白する。何を言われても絶対にあきらめない。これが、俺の正直な気持ちだ」

「………っ」

俺は、昔から素直な子供じゃなかった。もし俺があと少しでも自分の気持ちを正直に伝えることの出来る人間だったなら、もっとマシな高校生活を送っていたんじゃないだろうか。本当の気持ちをうまく伝えられない自分がもどかしくて、すごく嫌になる。思いはあるのに、どうしても言葉に出来ない。

なかなか開こうとしない俺の唇を、じれったいとばかりに九ヶ島がふさいだ。当然、俺は奴のされるがまま。九ヶ島からのキスだ。抵抗する方がおかしい。

「んんっ…、あ……」

名残惜しそうに離れていく口と口。誰かに見られているかも、という余計な考えはすでに頭になかった。

俺と九ヶ島の間には、もう何一つ障害はない。だからこそ逆に俺は、どうすればいいのかわからなかった。自分から行動することが出来ない。ところがそんな俺を見て、九ヶ島はただ微笑んでいた。

「お前は俺のこと、どう思ってる。ホントの気持ち、きかせろよ」

告白真っ最中の男とは思えないくらいの余裕の笑み。きっと、九ヶ島には俺の心の内なんかお見通しなんだ。それがわかってしまうと、頑なに口にしようとしない自分がひどく滑稽に思えてくる。

「圭人、俺と付き合って欲しい」

九ヶ島の自信たっぷりな満面の笑み。俺が自分をどう思ってるのか、わかっている顔だ。そして奴の思惑通り、俺の気持ちは決まっていた。


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