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未完成の恋
003


「うっ…ぅ……」

大好きな颯太先輩の豹変に、俺の思考はついていかない。泣きすぎたせいか、目に鋭い痛みが走った。

「なんで…、なんでですか…」

こんなの全然先輩らしくない。今まで一緒にいた先輩が、偽物だなんて思いたくない。

「これまで散々俺に頼っといて、必要がなくなったらあっさりサヨナラ? そんなの許せるわけないだろ」

先輩の舌が俺の下半身に触れる。恥ずかしさと変わることへの恐怖で、俺の体は震えていた。

「先輩、お願い…そんなことしないで……」

懇願するも、先輩が手を止めることはない。俺はこのまま、先輩と身体を重ねてしまうのだろうか。そう考えると、九ヶ島のときとは比べものにならないほどの抵抗を感じた。

「お願い、先輩…。なんでもするから……やめてください……」

俺は必死だった。手が不自由じゃなかったら、おそらく先輩にすがりついていただろう。

「なんでも?」

ひどく傷ついた目をした先輩が、俺に微笑みかける。いつもの笑顔じゃなかった。

「じゃあ、もう成瀬とは会うなよ」

その言葉をきいて、俺の心は絶望の淵に沈む。でもそれ以上に、先輩がつらそうだった。

「無防備なお前が悪いんだ。本当に腹立たしい」

「ああっ……!」

九ヶ島とは会わない。
それを口にすれば、この絶望に近い痛みを伴う責め苦から、解放されるのだろうか。

「圭人、俺のものだ…」

そんな言葉を口にしていても、先輩はちっとも嬉しそうじゃない。俺以上に苦しそうだ。やっていることと顔の表情が、まるで正反対だった。

きっと何を口にしても、変わることはない。俺の気持ちも、先輩の気持ちも。そんなのはただの気休めでしかないんだ。
先輩は、心の底ではこんなことしたくないって思ってる。でも止められない。こんなところまできて、自分はいったい何してるんだって、今さら立ち止まることが出来ないんだ。

「んんっあ…、あ…っ」

けして小さくはない教室。だがまるで俺達の今いる付近しか存在していないような、それほど俺の見える世界はせまい。この近い水音は雨なのか、それとも俺から生まれる音か。

「…圭人」

名前を呼ばれて目を開ける。間近の颯太先輩の顔を見たとき、ああ俺はこの人に犯されるんだ、と思った。

「いやっ…お願いします先輩! やめてください!」

最後の抵抗、とばかりに俺は首を振って狂ったように叫んだ。だが痛みを感じるほと強く肩をつかまれ、何も言えなくなる。

「──もう遅い」

俺の目から涙がつたい、太ももに先輩の手が器用に触れる。俺が覚悟を決めたそのとき、誰もこないはずの教室のドアが勢いよく開いた。

「圭人!」

聞き覚えのある声。俺は反射的にその声の方へ目を向けた。

「颯太! てめぇ何してやがる!」

怒り、という言葉では表せないほどの怒鳴り声。それと同時に誰かが殴られたようなにぶい音が聞こえ、視界から先輩が消えた。

「圭人!」

かわりに俺の前に現れた男は、俺の手首を縛っていたネクタイをはずし、震える俺の体をぎゅっと抱きしめた。

「九ヶ島…?」

「ああ、俺だ。もう大丈夫だ、圭人」

九ヶ島が俺の体を離しズボンをはかせる。なぜだかずいぶんと不思議な光景だった。

「なんで、お前がここに…」

再び九ヶ島は俺を抱きしめ、まるで壊れものを扱うみたいに頭を優しくなでた。

「天谷にきいた。…俺と圭人を、会わせたかったみたいだ」

そう言った後すぐ俺の腕をつかみ立ち上がらせ、そのまま俺を無理に引っ張った。

「く、九ヶ島!」

九ヶ島は教室を飛び出し俺の声には反応せず、廊下を突き進んだ。

「九ヶ島、手ぇ放せ! …俺、戻らなきゃ!」

俺は渾身の力を振り絞って立ち止まり、九ヶ島の手を振り払う。振り返った奴の目は驚きに満ちていた。

「戻る?」

信じられない。心の底からそう思っている口調だった。

「なに言ってんだ圭人! お前正気か? 戻ってどうすんだよ!」

九ヶ島の言うことはもっともだ。でも俺は、先輩とこんな別れ方をするのは嫌だった。

「行かせねえぞ。お前をあそこに戻すなんて…絶対に駄目だ!」

再び俺の腕をつかみ強く引っ張っる九ヶ島。俺は抵抗して奴を思い切り睨みつけた。

「放せよ成瀬! …お前だって、あのまま先輩と別れるなんて嫌だろ!?」

「──っ」

もしこのまま先輩に背を向けてしまったら、二度と同じ関係には戻れない。いや、すでに関係を修復することは不可能なのかもしれない。けれど俺にはどうしても、先輩を残していくことは出来なかった。

「………何かあったら、すぐに叫べ」

「ああ」

先輩のしたことを、許す許さないの問題じゃない。関係が消えてしまうことが、怖いんだ。

「先輩とちゃんと話して、戻ってくるから」

それはきっと、九ヶ島も同じはず。


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あきゅろす。
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