未完成の恋
降る雨と
いっこうに弱まることのない雨脚は、俺の心と反比例しているようだった。3時間で終わったテストの出来はよくなかったが、それはいつものことで俺の心を曇らせたりはしない。
「圭人」
ドア付近から俺を呼ぶ声が聞こえる。
「先輩!」
俺が笑顔で先輩に近づくと、先輩はいつもの笑みを返してくれた。
「すみません、呼び出したりして」
「別にいいよ」
先輩の優しい声にまた安心して、俺は教室を振り返った。
「悪いひなた。先帰っててくれ!」
俺が叫ぶとひなたは慌てて駆け寄ってきた。
「どこで話すの?」
「え? …あー、1階の空き教室」
俺はパクっておいた鍵をちらつかながら答えた。
「僕、待っててもいいよ?」
ひなたの申し出に俺は無性に嬉しくなる。一度は消えたと思った関係だ。こんな風に過ぎていった日常がかけがえのないものだと、今ならよく知っている。
「圭人の話、簡単には終わりそうにねーから。悪いけど今日はコイツかしてくれるか? 天谷くん」
先輩はふざけて俺を軽く抱きしめながら、優しげな笑顔でひなたにいった。俺とひなたの仲のいい様子を見ても驚かない先輩は、俺がなぜ呼び出したのか気づいているのかもしれない。
「…わかった」
少し残念そうな様子でうつむくひなたの髪を、俺は優しくなでた。
「人通りの多い道を通るんだぞ。できればクラスの誰かと一緒に帰れ」
我ながら心配性だとは思うが、こればかりは治らない。
「じゃあな、ひなた。気をつけろよ」
「……うん」
どこか不安そうなひなたを残していくのは嫌だったが、ひなたと一緒に帰らなかったのはこれが初めてじゃない。だいたいこの学校で1人ひなたを待たせる方が心配だ。
教室を出た俺と先輩は人が少なくなった校舎を2人歩いていた。雨のせいで廊下がぬれていて歩きにくい。
「すいません、ここでいいですか?」
俺は使われていない空き教室の戸を開けながら先輩に尋ねた。誰にも知られたくない話だから声のもれない場所がいい。この教室は廊下の突き当たりにある上、まわりに人の気配もない。きかれたくない話をするには最適な場所だ。
「圭人、天谷君と仲直りしたんだな」
教室に足を踏み入れた先輩が、良かったな、と俺に微笑む。日の光は雨雲で隠れ部屋の窓にはカーテンがかかっている。室内はかなり薄暗かった。
「はい。ひなたは俺が考えてるより、ずっと……」
俺達の友情が九ヶ島とのことで壊れると思いこんでいた。俺がもっとひなたを信用すれば良かったんだ。
「颯太先輩」
腕を組んで机にもたれかかっていた先輩は、俺の声に顔をあげた。
「俺、九ヶ島が好きです」
はっきりと言い切ることができたのは、相手が先輩だからだ。先輩にはこんなに素直になれるのに、どうして九ヶ島だとそうはいかないんだろう。
「九ヶ島は、俺のことなんて何とも思ってないかもしれません。…でも」
後悔はしたくない。せっかくひなたが背中を押してくれたんだから。
「俺、もう悩みません。泣くこともないです」
俺はほんの少しだけ、強くなれた。これが俺の望んだ姿だ。
「先輩、今までありがとうございました。これからは、先輩に迷惑かけないようにします」
俺は颯太先輩に笑いかけた後、深く頭を下げる。先輩には何度も助けられた。感謝してもしつくせないほどだ。
ゆっくり顔をあげると、そこには先輩の真剣な顔があった。てっきりいつもの笑顔があるものと思い込んでいた俺は少しびっくりした。
「…成瀬に言うのか」
「えっ」
告白するのか、と訊いているのだろう。だが先輩の声は心なしか冷たい。
「あの…は、い……」
あらためて考えると恥ずかしくなって、頬に熱が集まった。たぶん俺の顔はいま真っ赤だ。
「………許さない」
「え?」
先輩が唸るように何かつぶやいた。聞き取れなかった訳じゃないが、届いた言葉があまりにも状況にそぐわない。聞き間違いだろうと俺は先輩に近づいた。
だが俺が近寄るまでもなく、先輩は俺との距離をつめてくる。そのまま手首を引かれ何がどうなったのかわからないまま、視界がぐるりと反転した。なぜか俺の体は先輩に押し倒されていて、見上げれば先輩の視線とかち合った。
その目の色には見覚えがある。いつ見たのかも覚えている。
…ああ、いや間違いだ。そんなはずない。ありえない。
九ヶ島じゃないんだ。先輩が、こんな目をするはずがない。
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