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未完成の恋
004


「俺…、ひなたに話さなきゃならないことがある」

ひなたは俺のもとに戻ってきてくれた。でもこの話を聞いたら、また離れていってしまうかもしれない。けれど、言わないなんてことはもちろん出来なかった。

「俺は、確かに最初は九ヶ島に脅されてた。それは間違いない。でも…」

言葉がうまく続かない。どうやって伝えればいいかわからないんだ。

「俺は九ヶ島のこと、…なんでかわかんねえけど……」

好きになってた。
この一言が、言えない。
言えば、なにかが終わる気がした。

そんな俺の心の内とは裏腹に、口ごもる俺の髪をひなたは優しくなでた。

「実はね、圭ちゃん」

赤く腫らした目を指で押さえながら、ひなたは意外にも、少し明るさを取り戻した声で話し出した。

「僕、体育館裏で告白したとき、本当はあっさりふられたんだ」

「…え?」

ひなたの突然の告白に俺がびっくりさせられてしまう。どういうことか、まだよく理解出来ない。

「『好きな人がいるから、お前とは付き合えない』ってバッサリと。でも九ヶ島先輩に本命の恋人なんて聞いたことなかったし、僕あきらめられなくて、誰が好きでもいいから付き合ってほしい、って言ったの。しつこくね」

ひどく穏やかに話すひなたの目に、悲しみの色が見えた気がした。九ヶ島の好きな人。それを考えると、また少しだけ俺の心臓が痛んだ。

「先輩は首を縦にふってはくれなかったけど、僕は引き下がらなかった。本気じゃなくてもいいんです、って言った。…先輩にはたくさんの恋人がいるのに、どうして僕だけ受け入れてもらえないんだろうって、思ったから」

ひなたは声を震わせながらも精一杯、話を続けた。

「結局、『俺がお前のことを好きになることはない。それでもいいのか?』って言われて、僕は頷いた。そのときは本当にそれでいいと思ったんだ」

俺に自嘲の笑みを見せるひなた。俺には返す言葉がなかった。

「先輩は優しかったけど、一度も僕に恋人らしいことはしなかった。僕はセフレですらなかったんだ。…どうしてだろう、ってずいぶん悩んだけど、やっと、その答えがわかった」

顔を上げると、ひなたと目があう。俺はその憂いを含んだ瞳から視線がそらせなくなった。

「たぶん、僕が圭ちゃんの親友だったからだ」

「…え?」

ひなたの言ってることがわからない。いったい俺とどういう関係があるっていうんだ。

眉をひそめる俺を見て、ひなたが穏やかに微笑む。その顔は誰もが心奪われる表情だった。

「九ヶ島先輩の好きな人は、圭ちゃんなんだよ」

驚く俺に、知らなかったの? と首を傾けるひなた。確かに俺も最初はそう思っていたが、今は確かなことはわからない。でも俺が驚いていたのはそんなことじゃなかった。俺はひなたがあっさりそれを口にしたことに驚いたのだ。仮にも九ヶ島はひなたの思い人なのに。

「僕、全然気づかなくて、なにもしてくれない先輩に不安ばかり感じてた。だからつい頭に血が上って、圭ちゃんにあたっちゃったんだ…」

昨日俺に言った言葉のことをいっているのだろうか。ひなたの口調からは後悔しているのが伝わってきた。俺にとってはそれすらも心苦しい。

「僕、これ以上圭ちゃんの重荷に、邪魔になりたくない。だから圭ちゃんは自分のことだけ考えて、自分の好きなようにしてほしいんだ」

俺はやっとの思いでひなたから目をそらし、拳をつくった。そんなこと言われても、困る。九ヶ島にはもう会わないと、心を決めたところだったのに。

「圭ちゃん?」

なにも言い出そうとしない俺に、ひなたは覗き込むように顔を傾ける。俺はかたく閉じていた口をやっと開いた。

「……そんなの、お前の気持ちはどうなるんだよ……」

情けない自分が、とても嫌になった。ひなたは俺のために自分を二の次にしようとしている。果たしてそれに甘えてもいいのだろうか。俺はまた、自分を優先させてひなたを裏切るのか。

「圭ちゃん、僕ね」

そんなこと出来ない。俺のすべてがそう拒絶したとき、ひなたが俺に語りかけるように話し出した。

「九ヶ島先輩から話を聞いたとき、びっくりしたし、それ以上に腹が立った。先輩は圭ちゃんの意志を無視して、あんなことさせてたんだって思ったら……」

ひなたはそこで言葉につまり、呼吸のような小さなため息をついた。ひなたの声は驚くほど冷めていた。

「…いくら好きだからって、やっていいことと悪いことがある。先輩がしたことは最低だ。酷すぎる。もうあんな人、好きじゃない」

きっぱりと言い切ったひなたの目に、迷いはなかった。俺は何を言えばいいのかわからず、ただひなたの次の言葉を待った。

「──だからね、圭ちゃん」

今までのとがった口調とは違う、静かで穏やかな声。違和感は感じない。これが、いつものひなただ。

「圭ちゃんは、先輩を好きでいてもいいんだよ」



何かが喉からこみ上げ、息が出来なくなった。俺の見ていたものがすべて反転する。信じられない。何でそんなこと言うんだよ、ひなた。俺はお前のためなら───

「圭ちゃん」

「──っ」

開いた口が言葉を紡ぎだすことはなかった。なにも言えない、ひなたのこの目にあらがうことは出来ない。

「お願いだから、自分に正直になって。僕のためにも、ね」

「…ひなた……っ」

もう枯れ果てたと思っていた涙が、嘘みたいに溢れてきた。
どうしてもわからない。俺はどうすればいいんだ。本当に、九ヶ島を好きでいてもいいのだろうか。

「大好きだよ、圭ちゃん」

ひなたは俺をそっと抱きしめ、耳元で優しく囁く。まるで俺の今までの行為がすべて許されたようで、肩の力が一気に抜けていった。それと共に俺の周囲の張り詰めた空気が、周りとゆっくり同化していくのを感じる。

俺はただ泣くことしか出来なかったけれど、ひなたが俺のために言ってくれた言葉を受け入れる覚悟が出来た。

ひなた、やっぱり俺、九ヶ島のこと好きみたいだ。
自分がいくら汚くなっていっても、止められない。この気持ちだけは、どうしても。


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あきゅろす。
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