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未完成の恋
002


ずいぶん長い間、俺は泣き続けていたが、颯太先輩は黙って俺が泣き止むのを待ってくれていた。ようやく落ち着いてきた頃、俺はあることに気がついた。

「…先輩、学校はどうしたんですか」

この時間ではまだ下校出来ないのではないだろうか。だが先輩は呆れたような顔をして俺の頭をなでた。

「ばか、今日からテスト週間だろーが」

「あ……」

そうだ、テストだ。勉強なんてしないからすっかり忘れてた。

「なあ、圭人」

先輩が俺の横に座りベッドがきしむ。肩から手を回した先輩は俺の頬骨を飽きもせずなでていた。

「天谷に会って、謝ろう」

ぐ、と何かが喉につまったような気がした。謝りたくないわけじゃない。それどころか今すぐにでも飛んでいって土下座でもなんでもしたいぐらいだ。

「もう天谷は家についてるはずだ。家近いんだろ? 今から行って…」

「嫌です…!」

思ったよりも大きな声が出てしまい、俺自身が驚いた。拳をかためて先輩から目をそらす。

「なんでだよ圭人、俺も一緒に行ってやるから」

「駄目、駄目なんです……」

「どうして」

先輩のけして俺を責めない口調がさらに俺を暗い深みに落とした。
どうしてかなんて、きかないで欲しい。
謝ったところで、そんなのはただの自己満足だって、わかってるから。


「ひなたは…もう俺に会いません…」

俺は今までひなたに依存しすぎていた。俺にひなた以外の友達がいなかったのは俺の意志だ。でもひなたに他の仲の良い友達が出来なかったのは、俺のせいではないかと思う。中学時代はただでさえ怖い見た目の俺がずっとアイツに張り付いていたし、高校生になってからもひなたに危険が及ぶという理由で周りをそれとなく牽制していた。
もちろんそれはひなたのため、という言い方も出来るがそれは俺の独りよがりな考えだった。結局俺はひなたが俺以外の奴と仲良くすることが嫌で、アイツを独占したいと思っていて、ずっとひなたを縛ってきたんだ。それなのに、その最期がこんなことになるなんて。

「俺は、邪魔な存在なんです…」

俺なんか、いなけりゃ良かったのに。ひなたの邪魔になるくらいなら、アイツがそう望むのなら、俺は喜んで姿を消す。

「圭人」

そんな俺の胸の内を察したのか、先輩は俺の頬にあてた左手をそのままに、右手で俺の頭を包み込んだ。

「大丈夫だ」

先輩の声がすぐ間近で聞こえて頭に直接振動してるみたいだった。

「俺はずっと、お前のそばにいるから」

先輩が俺の耳元で甘く囁く。ああ、どうしてこの人は俺の欲しい言葉がわかるんだろう。俺には、なにもわからないのに。

「…ありがとう、颯太先輩」

先輩の指が唇のすぐ下にあって、少し話しづらい。俺の服は濡れているのに、抱きしめたりして気持ち悪くないだろうか。

「…俺、先輩がいて良かった…。先輩が、好きです」

颯太先輩は強くて優しくて、俺のことを大切に思ってくれてる。彼がいなければ俺は自分を保てなかったかもしれない。

「圭人…」

先輩の右手が俺の肩に添えられ身体ごと優しく倒される。先輩が何をしたいのかわからなくて、俺は首を傾けながら彼を見上げた。

「せんぱい…?」

疑問は解決しないまま俺の左手は先輩の右手と絡み合う。彼の表情は険しくて、悲しそうでもあった。なぜ先輩がそんな顔をするのかわからない。なんとか彼に笑ってほしくて、俺は小さく微笑んだ。
すると颯太先輩の目が大きく開き、俺をまっすぐ見下ろした。そのまま俺達の顔の距離がだんだん狭まる。それが残り数センチになるまで、俺は彼が何をしようとしてるのかわからなかった。

「先輩…!」

唇と唇の間になんとか手を挟み込み、顔をそむける。先輩の顔がさらに険しくなった。

「やめ…、やめてください……!」

なおも俺に口づけようとする先輩に少しだけ危機感を覚えて、俺は小さく抵抗する。頭の中は軽いパニック状態だ。

「…なんで」

先輩が、彼にしては冷めた声で俺に尋ねる。どうして、してはいけないのかということを訊きたいのだろうか。

「だって、そんなの必要ないです……今は…」

優しい先輩は、俺をなぐさめようとしてくれている。でも今の俺にはキスなんて、たとえ相手が誰であろうと嫌だった。そんなことをすれば否応なく九ヶ島とのキスを思い出してしまう。あの時とは、まったく状況が違うのだ。

俺の言葉が届いたのか、先輩の顔はだんだん俺から離れていく。でもまだ手首を押さえつけている手はどけてくれない。

「あの、手…を」

抵抗、というわけではないがほんの少し手を動かすと、先輩はさらにきつく握りしめてきた。

「圭人、お前は……」

真剣な眼差しに逆らう気は失せていく。けれど先輩の言葉は、コンコンという誰かがドアを叩く音で遮られた。

「あ、はい」

起き上がろうとする俺のために、ようやく先輩は手を離してくれた。良かった、さっきの先輩はほんのちょっとだけ怖かった。

それにしてもこんな時間に誰だろう。新聞の集金にしては時間が早いし、宅配物なんてめったに届かない。俺は考えこみながらも後ろに先輩がいるという安心感から、訪問者の顔を確認する前にドアを開けた。

「…!」

その突然の来訪者の姿を見て、俺は絶句した。目の前に立っていたのは、今一番、ここにいるはずのない人間だったからだ。


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あきゅろす。
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