未完成の恋
好きでいても
目が覚めたとき、俺はちゃんと自宅のベッドの上に横になっていた。昨日家についてからのことはほとんど覚えていない。まだ湿った制服を着ている。おそらく帰ってそのままベッドに倒れ込んだのだろう。
今の時間を確かめようと起き上がろとするが、頭がくらくらして再びベッドに倒れ込んでしまった。
携帯がいつもの場所にない。慌ててあたりを見回すと、シンプルな携帯がベッドから少し離れた机に雑に置いてあった。
俺は思い切り手を伸ばし携帯をとろうとするが、あと一歩届かない。
仕方なく体も伸ばすと派手な音をたてて、俺の体はベッドから転げ落ちた。
「いって……」
肩を床にぶつけ、痛みが全身を震わせる。手に掴んだ携帯の時計は、11時51分と表示されていた。
「遅刻か…」
もうすぐ正午ということに軽いショックを受けてから、どうでもいいや、と思い直し苦労して掴んだ携帯を投げ出した。
どうせ学校になど行く気はなかった。昨日その理由を失くしたのだから当然だ。
濡れたシャツが肌に張り付いて気持ち悪かったが、着替える気にもなれない。身体が普段より重く気だるくて、まるで自分のものじゃないみたいだ。心にぽっかり穴があき、身体の一部が抜け落ちていくような感覚。
生きる気力をなくすって、きっとこういうことを言うんだろうな。頭の隅でそんなことを考えている自分にさえ苛立ちを感じる。
雨音響く薄暗い室内。こんな部屋にいると自分に対する嫌悪がさらに強まっていった。ひなたのあの顔が目に焼き付いて離れない。絶望と憎しみのこもった目。それだけのことを俺はした。
「………ひなたっ……ごめん……」
本当は会って直接謝りたい。でも今の俺はひなたにあわせる顔がなかった。あいつはきっと俺を疎んじてる。それは俺にとって、ひなたの中から“木月圭人”という存在を消してしまいたい、と願うほどに悲しいことだった。
「ごめん…ごめんな……っ」
面と向かって言えないから。俺は床に横になったまま何度も何度も謝った。昨日は出てこなかった涙がじわじわと滲むように溢れてくる。俺は何も、わかっていなかった。ひなたを一番大事に思っている俺が、一番あいつを深く傷つけることが出来るんだと。
学校はやめて二度とひなたの前に現れないようにしよう。これから俺は1人で生きていく。誰も傷つけず、誰かに傷つけられもせずに。
もともと孤独だった俺だ。ふりだしに戻っただけ。1人でもきっと大丈夫。
俺がそう決意を固めたとき、家のドアを乱暴にたたく音が聞こえ慌てて体を起こした。来訪者なんて滅多に現れないこの家で、孤独に蝕まれていた俺は突然のことに驚き玄関へ向かう。だがドアを開ける前にその客の正体がわかった。
「圭人!」
颯太先輩。
急いで扉を開け目の前にいたのは、やはり彼だった。
「お前昨日電話しろっつったろ! 俺ずっと待ってたん…………圭人?」
先輩の手が俺の頬をなで、親指が目尻に触れる。
「泣いてるのか」
じわりとにじむ視界。俺はごしごしと目をこすり出てくるものを押さえ込もうとした。
「どうしたんだよ圭人、成瀬と何があった」
「ちがっ…、九ヶ島は違うんです…」
理由を説明しようと口を開くが、出てくるのは言葉ではなかった。
「圭、人……」
俺の身体は崩れ落ち、颯太先輩に支えられる。そしてそのまま優しく抱きしめられ、先輩は子供をあやすように俺の頭をなでてくれた。
「う…ああぁぁ」
ぼろぼろと身体がおかしくなったみたいに涙が止まらない。痛みを感じるほど泣きじゃくってみっともなかったけど、颯太先輩なら気にならなかった。
「俺っ、俺…、ひなたに、バレたんです……九ヶ島とのこと…」
先輩が俺を抱きしめる手に力が入る。俺は先輩のがっしりとした身体に身を任せ、悲しみに暮れながらも不変の喜びを感じていた。たとえこれからどんなことがあったって、俺と先輩の仲は変わらないだろう。
俺は、もう1人じゃない。
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