未完成の恋
006
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「おはよう、木月くん」
あくる日の朝。窓辺に寄りかかりながら1人椅子に座る俺に天谷はほがらかな笑みで挨拶してきた。
「今日は学校に来てるんだね」
何の恐れも臆病な態度も見せず天谷は俺に近づいてくる。席替えをして、もう俺は天谷の後ろの席ではないのに。
「座っていい?」
俺の返事も待たず天谷は俺の前の席に腰を下ろす。その時、俺は天谷が来客用のスリッパを履いていることに気がついた。なるべく目をあわさぬよう下に目線を送っていなければ気づかなかっただろう。
俺と会話する(とは言えないかもしれないが)ようになっても天谷へのイジメが終わることはなかった。俺は新田らを止める気がなかったし、新田達にもそれがわかっていたようだ。ともかく天谷の学校生活はよくなるどころかさらに悪くなっていた。
「…お前、何で俺に近づく」
窓枠に肘を置くのをやめ椅子に座り直した俺は、猜疑心たっぷりの口調で天谷に尋ねた。顔は見ていなかったがどうしてだか、天谷がほがらかに笑ったのがわかった。
「だって木月くんは、僕のこと避けないでしょ? それに、僕…」
「礼ならいらねえ」
天谷が言うであろうことを先読みした俺は脅すような視線を送る。きょとんとした天谷はしばらく何も言わなかった。
「…お前さぁ」
俺が話しかけると天谷は、聞いてるよ、とばかりに耳を傾けてくる。変な奴。
「俺が、怖くないわけ?」
コイツは世に言ういじめられっ子だ。そんな男が悪い噂の絶えない不良に何の抵抗もなく近づくなんて、どう考えてもおかしい。
「怖くないよ」
あっさりきっぱり言い渡され俺はぽかんと口を開けて見るもマヌケな姿をさらしてしまった。
「な、なんでだよ」
コイツが新田達を恐れていることは一目瞭然だ。それなのに、この俺が怖くないなんて。一体どうして。
「だって木月くんは、僕に何もしないから」
さらっと安直な答えをきかされ俺は何も言えなくなった。確かに俺は天谷に手をあげるつもりはなかったが、それを見抜かれたことに驚いたのだ。俺は今まで天谷に対して優しく接したことも自分から話しかけたこともない。たった一度、結果的に救う形になったってだけなのに。
「お前……」
「なに?」
わかったような気がする。
たぶん、コイツは本当なら、イジメられるような人間じゃないんだ。
天谷は喧嘩が強いわけでも、気が強いわけでもない。ただ、思わず腹が立つようなおどおどした言葉付きでもないし、周りに流されず自分の考えをしっかり持っている。そんなコイツが俺を怖がるはずがなかった。俺はまだ、コイツには何もしていないのだから。
そのうえ天谷は今まで会ったどんな女よりも綺麗な顔をしていた。イジメられているにもかかわらず、女子からの人気が高い。
それなのに、ほんとにどうして──
「………………もしかして、僻み、か……?」
「えっ」
天谷は可愛らしく首を傾げ聞き返してきたが俺は無視した。
なるほど、それなら納得できる。知り合いですらなかった天谷を突然いじめだす見事な理由だ。いかにも自分勝手ないじめっ子の考えそうなこと。妬みや嫉妬という感情はかなり深く人間の心に刻みこまれるようだ。
左手で頬杖をついた俺は右手を天谷の頭にポンと乗せた。
「な、なにっ?」
いつもとは違う様子の俺に天谷は動揺した。
「お前も、大変だな…」
俺のねぎらいの言葉は天谷に通じなかったようで、モテることがイジメの原因であるいじめられっ子は、とつぜん同情するような顔になった俺をただただ不思議そうに見つめるだけだった。
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