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未完成の恋
002


九ヶ島とは週に2、3回、連絡はもちろん向こうから。これでよくひなたにバレなかったと思う。最初は痛いだけだったセックスには快感がつきものになり、俺の罪悪感も回数を重ねるたびに薄れていった。それでも俺は、いやだからこそ九ヶ島にはこれ以上、俺を好きでいて欲しくなかった。

自分の気持ちはよくわかっていた。でも俺はまだ九ヶ島のいいなりだったし、抵抗らしい抵抗もしていない。脅されているから─、と言ってしまえば簡単だが、それは違うと自分がよく知っている。今の俺には九ヶ島が俺の写真をばらまいたり、ひなたを襲ったりするとは思えなかった。

だったらどうして、と自分自身に問いかけるが答えは見つからない。同情か、諦めか。どっちにしろこんなこと続けるべきじゃない。傷つくのは俺だけではないはずだ。

だが九ヶ島の思惑通り、俺の怯える気持ちは消えた。たぶんアイツは俺を怖がらせないためにあんな告白をしたんだと思う。いきなり性行を強要され、しかもそこに愛がないとすればこれ以上の恐怖はないと九ヶ島にはわかっていたのだ。

悪い奴じゃない。
脅されて強姦もされたのに、そう思ってる自分が滑稽だった。

九ヶ島は俺が泣くのを嫌う。率直な言葉をつかえば、好きな人の涙は見たくない、ということだろうが馬鹿らしくも俺はそれに応えようと思った。

今日はやむを得ず涙を見せたが、もう九ヶ島の目の前で泣くのはやめよう。俺も奴の悲しい顔は、見たくなかった。






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久しぶりに登校した学校の教室で、俺は1人ぼんやり過ごしていた。本当は学校なんて来たくなかったが、あまりに登校拒否が続くと親が呼び出されてしまう。それだけはなんとしてでも避けたかった。

「木月くん、おはよう」

いきなり、毎日の習慣であるかのように軽い調子で挨拶され、俺のこめかみがピクッと震えた。

「木月くん?」

俺の返事が欲しいのか、声をかけてきた張本人である天谷ひなたは笑顔で首をかしげた。

「………なに」

俺は出来るだけ、迷惑だ、というオーラを出したつもりだった。けれど天谷はかまわず俺の目の前に座る。まぁそこが、天谷の席なわけだが。

「昨日のこと、ちゃんとお礼してないと思って」

天谷の言葉に俺は疑問を通り越して呆れた。

「んなもんいらねえよ」

「でも──」

なおも食い下がろとしない天谷が鬱陶しくなり、俺は自分の手のひらで机を強く叩いた。バンっと固い音が教室に響く。

「いらねえっつてんだろ。第一、俺はお前のためにあんなことしたわけじゃねえし、お前を助けたわけでもない」

静かだが有無を言わさぬ口調で、俺は天谷に教えてやった。俺はお前の救世主じゃあない、ってことを。

俺の言葉を聞いた天谷は、そっか、とだけつぶやき、穏やかな目をして俺を見つめた。俺はなぜだかその時の天谷の顔を見て、そんなこと言われなくても知ってるんだろうと思った。

「俺に助けてもらおうって思ってんなら、無駄だぞ。俺はお前のお守りをする気はねえ」

「うん、わかってる」

一応告げておいた忠告に、天谷はゆっくり頷いた。俺は短いため息を吐いて頬杖をつく。いまだ天谷が俺に送る視線が居心地悪い。

「わかったらさっさと俺の前から消えて、友達さがせ」

そんでソイツに助けてもらえ。

「でも僕が話しかけたら、その人まで新田くん達に目をつけられるから…」

「えぇ?」

そんなこと気にしてんのかよ、と俺はガクッと肩を落とした。なるほど、だから俺に話しかけたんだな。俺なら狙われねえから。

「まぁ、お前とわざわざ友達になろうなんて馬鹿な奴はいねえだろうな。そりゃ、自殺願望だ」

天谷は一瞬きょとんと俺を見て、いきなりたががはずれたようにクスクス笑い出した。

「な、なんだよ」

俺はびっくりした。コイツは、こんな綺麗に笑うのかと。

「木月くんって、おもしろいね」

「はぁ!?」

ついさっき天谷の笑顔に心奪われたことも忘れ、俺は思いっきり叫んだ。おもしろい、なんて生まれてこのかた言われたことなかったのだ。この時は自分はキレたと思ったが、後から考えれば俺はただびっくりしていただけだった。

「お前、なんなんだ一体。もう俺に近よんな」

自分でも情けないと思うほど、弱々しい声がでた。理由はわからない。ただコイツといると調子が狂うのは確かだ。

「でも僕、まだ木月くんにお礼してない」

「だからいらねえっつってんだろ!」

俺の脅すような口調に当然相手はビビると思ったが、天谷は顔色一つ変えなかった。俺は自分のプライドをズタズタにされた気がした。

いじめられっこのくせに─。俺が怖くねえってか。

天谷に恐怖を植え付けるのは簡単だ。殴ってしまえばいい。それをしないのはコイツを痛めつけても、ちっとも楽しくないと思うからだ。弱い奴に手をあげたって、俺の征服欲は満たされない。

天谷の生温い視線に張り合いが抜け、俺はコイツの扱いにすっかり困っていた。

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