未完成の恋
涙雨
「んんっ……」
何度しても慣れないこの行為に堪えるべく、俺は目頭を腕で庇うように覆った。痛みと快感は、常に紙一重だ。
「圭人っ…」
荒い息づかいと共に聞こえる九ヶ島の声。奴の顔は目の前にあるのに、なぜかすぐ耳元で囁かれているかのような感覚に襲われる。
「あっ、だめ…」
自分じゃないかのような甘い声にも慣れた。こんな状況でいつまでも強気でいられるほど、俺は強くない。
「圭人っ、力抜け──」
「あっ……!」
自らを解放した俺の額に、九ヶ島は顔をすりよせた。汗ばむ俺の身体と同じくらい、奴の身体も熱を含んでいる。
「お前…、もうでてけよ……っ」
意識が朦朧とする中、遠くでチャイムの音が聴こえた。次の授業が始まってしまう。俺は息があがりながらも九ヶ島を突っぱねた。
「四限目もサボる。体育なんて、だりいし」
体育よりよっぽど激しい運動してるくせに。俺は心の中でこっそり毒づいた。
「ってことで」
「お、おい…」
俺の抵抗をあっさり阻止して、再びことにおよぼうとする九ヶ島に俺の中の警鐘が鳴った。
「ばかっ、誰か来たらどうすんだよ」
「それはそれで、興奮しねえ?」
「んっ! ああ、やだっ…」
近くで、がやがやと人の気配がした。休み時間だ。出歩く生徒や移動教室の生徒がいるのだろう。俺達のいる空き教室に、いつ誰が入ってきてもおかしくない。
しかし教室の窓やドアは曇りガラスになっていて、中の様子はなにも見えないようになっている。だから声を出さなければ気づかれないはず、なのに。
「ああっ!」
奴の愛撫が激しくなった。つい大声で喘いでしまい慌てて手で口をふさぐ。俺は恨みがましい目で九ヶ島を睨みつけた。
俺が怒っていることを知りながら九ヶ島はおかしそうに笑う。怒っている俺を見るのも奴の楽しみの一つらしい。それが経験上わかっていた俺は最後の手段を使うことにした。
「…九ヶ島、もうやめて…俺、こんなの嫌だ……」
人に見られるかもしれないという恐怖で、すでに目は潤んでいた。案の定、俺の涙に九ヶ島の動きが止まる。いやらしく俺の身体を弄っていた手は行き場を失った。
「でも俺、止められそうにねえんだけど」
「………お願い」
大粒の涙を流し懇願すれば、九ヶ島は堪えるようにゆっくり腕を下ろした。
「わ、わかった。もうしない」
奴の言葉に俺はほぅっと息を吐いた。
「…ありがとう」
軽く礼を言って床にゆっくり立ち上がり、脱ぎ捨てられたズボンを拾う。そしてそれを履く前にいつ脱がされたかわからないシャツの行方を追った。ゴミ箱には使用済みのティッシュが捨てられている。
その時いきなり後ろからなにかぶせられ、俺は身を固くした。
「はい、探し物」
それは俺のシャツだった。九ヶ島はそれを俺の肩にかけると、ついでとばかりに首筋に吸いつく。何度となく繰り返されたことに、俺は今さら抵抗しなかった。
九ヶ島は俺に何個目かわからない痣をつけ、満足そうにドアへと向かった。奴の制服は少し崩されているもののそう乱れてはおらず、まともに服も着れていない俺はなんだか恥ずかしくなった。
「圭人?」
「………先、行ってろ」
もし九ヶ島と空き教室から出てくるところを誰かに見られたら、そう考えただけで身も凍る思いだ。あっという間に噂が校内に広がり、ひなたの知るところになるのは目に見えていた。
「…わかった」
理由を言わずとも九ヶ島にはわかったのだろう。奴はおとなしく1人で教室を後にした。
九ヶ島が出ていって、俺はやっと開放感に包まれる。もう一度ゆっくりと床に寝転び、窓から外を眺めた。ほんの少しだけ雨が降っていた。
どうして、九ヶ島にはわからないんだろう。俺が奴を好きになるなんて、そんなこと絶対ありえないのに。
俺は疲れた表情を浮かべ深いため息を吐いた。アイツに何を言ったって、無駄だってことはわかってる。でも俺は九ヶ島にどうしても伝えたかった。
もうこんなことやめてくれ。何をどうしたって俺の気持ちは変わらない。こんなの、不毛なだけだ。…そうだろ、九ヶ島。
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