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未完成の恋
007


「俺の何が、気に入らないわけ」

鋭い視線を俺に向け九ヶ島は感情のない声を出す。俺は勇気を振り絞って奴を睨んだ。

「…お前に人を好きになる感情があるならっ、セフレなんてつくらねえだろ」

九ヶ島はむっとした顔で俺を見返した。

「俺から、頼んでる訳じゃない」

「でも断ってない」

「断ってるっつーの」

固まったままの俺を九ヶ島は無理矢理ベッドに押しつけた。あまりに強い衝撃に、俺の体は金縛りにあったかのように強張る。

「なんで俺の気持ちわかってくんねえの?」

「九ヶ島っ、痛い…!」

奴は怒鳴ったりはしなかったが、声は確かに怒っていた。

「圭人が俺のもんになるなら、セフレは全部きる。当たり前だろ」

俺の下方からカチャカチャと金属がぶつかる音がする。ベルトを外されているのだと、見なくてもわかった。

「や、やめてくれ!」

俺の必死の懇願に九ヶ島の手が止まった。

「圭人、理由を言えよ、ちゃんとした理由を。俺の何が気に入らないんだ」

これ以上怒らせたくなくて、俺はすぐに口を開いた。

「…だって、初めて会ったとき……俺を無理やり 、押し倒してっ……」

続きは言えなかった。行為を口にするのは羞恥を感じずにはいられなかったし、それになにより、今の九ヶ島が怖かった。

「……それは、俺も悪かったと思ってる」

九ヶ島の優しげな口調に体の震えは止まり、俺は心底安堵した。

「でも俺は今のままじゃ、お前をあきらめられない。どんな卑怯な手を使ったって、俺は圭人と一緒にいたい」

だから頼む、と懇願され俺は自分を奮い立たせた。意を決して口を開く。

「…俺に、どうしろっての」

俺の精一杯のかすれた言葉に、九ヶ島は少し寂しそうに薄く微笑んだ。

「圭人は、なにもしなくていい。今まで通りこのままで」

「……このまま?」

九ヶ島は、ああ、と貼り付けたような笑顔を見せ、頷いた。

「圭人は俺に脅されて、俺の言うことをきいてればいい。ただ俺は、自分の気持ちを伝えたかっただけだ」

手の甲に優しくキスされる。九ヶ島の表情がよく見えたが、俺は奴の真意をはかりかねた。

「……お前、ほんとにそうしたいわけ…」

「とりあえず今はそれでいい。すぐに俺なしじゃいられないようにすっから」

俺が否定の言葉を吐くよりも早く、九ヶ島が再び俺のベルトに手をかけた。

「やだ! お願いやめて…」

俺は体をよじって、できる限りの抵抗を始める。足で思い切りベッドを蹴った。

「……怖ぃ…九ヶ島…」

また涙が溢れ出しそうな俺の瞳、それを覆う瞼に九ヶ島はそっと口づけを落とした。

「今日は、なにもしない」

奴はそう囁いて俺のベルトを締め直した。俺は深くゆっくりと息を吐く。しかし安堵する間もなく俺は九ヶ島に抱きしめられ、奴の金色の髪が鼻をくすぐった。

「──だから絶対、泣くんじゃねえぞ」


ずっと前に忘れてしまっていた、誰かに抱きしめられるという感覚。俺は必死でそれにすがった。相手が誰かなんて、考えないで。

あんなにも不可解だった九ヶ島の心の内が、今でははっきり手に取るようにわかった。俺を愛してると、九ヶ島はたしかにそう思っている。
俺は、ゆっくりと身を任せるように目を閉じた。そして約束通り、九ヶ島はそのまま何もしなかった。


しばらくの間、俺を抱きしめていた腕がそっと離れる。俺の唇に柔らかいものが触れ、すぐに熱が生まれた。九ヶ島の動きに合わせてベッドがきしむ音が聞こえた。

ベッドに1人残されても、俺はまだ目を開けなかった。やがて九ヶ島の気配は消え、玄関の扉が閉じる音がする。そうしてようやく、俺は重い瞼を持ち上げた。

1人ベッドに身を任せ、だるい体と孤独にひたる自分を哀れむ。俺の耳にはいつまでも、冷たい雨の音だけが聴こえていた。


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あきゅろす。
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