未完成の恋
006
俺の敵意と軽蔑をこめた眼差しに気づいたのか、九ヶ島はその整った顔を悲しそうに崩した。俺の心は針につつかれたように痛んだが、あえて理由を考えようとはしなかった。
「圭人はこれからもずっと、そうやって天谷に固執し続けんのかよ」
今にも崩れ落ちそうな俺に追い討ちをかける九ヶ島。ひどい、と感じつつもなにも言えなかった。
「天谷だって、いつまでも圭人と一緒にいるわけにはいかねえだろ。お互いそれを望んでたとしても、いつかは離れるのが自然だ」
突きつけられた九ヶ島の言葉に、俺は愕然とした。ひなたが俺から離れる? そんなこと、今まで考えたこともなかった。ひなたがいなくなったら、俺はまたひとりぼっちになるだろう。昔みたいに。
「…そんなの、嫌だ……」
もう1人にはなりたくない。俺は痛みを伴う涙を流しながら首を振った。
「圭人、泣くな」
一瞬、なんて言われたのかわからなかった。それほど唐突で、縋りたくなるほど穏やかな口調だった。
俺の手首を放したかと思ったら、九ヶ島の手は優しく俺の腰に回る。俺は取り残された手のやり場に困った。
「俺は天谷とは違う。一生お前のそばにいるし、お前のことを一番に想ってやれる。──だから圭人にも、俺のこと好きになって欲しい」
いま俺は、人生の分かれ道に立っているのかもしれない。九ヶ島は俺を必要としてくれている。いつの日か俺の前から消えてしまうかもしれないひなたと違って、ずっとそばにいると約束してくれた。俺を1人にはしないって、そう言ってくれたんだ。
けれどそれを選べば、ひなたを裏切ることになってしまう。
「九ヶ島……」
俺はそっと奴の腰に手を回し、耳元に口を近づけた。その時すでに、俺の心は決まっていた。
「…俺は、ひなたが大事なんだ。アイツの悲しい顔は見たくない」
俺はたった1つだけあった選択肢を選んだ。一度口にしてしまえば、それが間違いではないという自信が、確信に変わる。
「圭人、天谷のことなら俺は…」
九ヶ島は一歩下がって俺の顔を見つめた。古い床板が鋭い音をたてる。俺は小さく首を振った。
「九ヶ島のこと、ひなた以上には想えない。それだけだ」
俺は1人になりたくなくて、ひなたといるわけじゃない。ひなたとだから一緒にいたかった。ひなたがいたから、1人でいる寂しさがわかったんだ。
「俺とお前の関係なんて、一瞬で壊れる。そんなものと俺は迷ったりしない」
俺は堂々とした態度を崩さないまま九ヶ島に言い放った。さっきまでの不安定な俺はもうどこにもいない。あえてキツい言い方を選んだのは、奴を許しきれなかったから、そして俺のことはこのままあきらめてほしかったからだ。
けれど九ヶ島の目をみた瞬間、俺は言葉を失った。
「あぁ、そうかよ」
九ヶ島は今までとはまるで違う、背筋も凍るような冷めた目をしていた。
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