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未完成の恋
005


「…親は」

ずいぶん長い沈黙の後、奴が呟いた言葉がこれだった。質問の意図がわからなかった俺は、九ヶ島に見えるように顔をしかめた。

「親、いつ帰ってくるのかって訊いてんの」

さっき九ヶ島の告白から話がずれて、俺は都合良く思ってしまう。けして流せる話ではないはずなのに。

「親は仕事。今は一人暮らし」

無駄なを言葉いっさい挟まずに答える。九ヶ島はとくに驚きも追求もせず、そうか、と小さく言っただけだった。奴の表情はまるで最初から答えを知っていたようにも見えた。

「──それも、ひなたからきいたのか」

抱きつかれたままの俺は、九ヶ島の体が微妙にビクついたことに気がついた。奴はゆっくり俺の体をはがしていく。

「いや、これは颯太が言ってた」

「…先輩が?」

九ヶ島は少しだけ後ろめたそうに、疑いの眼差しを向ける俺を見つめていた。

「かなり前に颯太が言ってたんだ。圭人は一人暮らしだって」

俺は思わず顔をしかめた。俺達が関係をもったのはつい最近のことだ。それまで九ヶ島にとって俺は颯太先輩の後輩でしかなかったはずなのに。

「言ったろ、ずっと前から好きだったって」

「! ──そんなのっ…」

信じられるわけがない。

九ヶ島が俺を好いてる、なんて。そんなこと今さら言われたって、俺にどうしろっていうんだ。

「最初はただ脅してセックスするだけでいいと思ってた。それで俺は満たされるって」

熱っぽく話し続ける九ヶ島は俺の腕をそっと掴む。まるで腫れ物に触れるかのような仕草に、振り払う気力さえ奪われた気がした。

「でもそれは間違いだ。気持ちがなかったら意味がねえ。いくらお前を抱いたって、俺はこれっぽっちも満足できなかった」

九ヶ島の言葉が俺の耳を通り過ぎていく。他人ごとのように聞き流してしまえれば、どれほど楽だろう。

「俺はお前に泣かれるのも嫌だし、お前に拒絶されるのも嫌だ」

九ヶ島は動かない俺のブレザーに手を入れ、シャツをたくしあげる。ひんやりとした奴の手に俺の体は小さく震えた。


「──だったらなんで、俺にそう言わなかったんだよ」

俺は自分の言葉が正論だと、確信を持って言った。俺が好きなら最初からそう言えばいい。脅して無理強いする必要はないはずだ。
だが九ヶ島から帰ってきた言葉は、予想外のものだった。

「圭人は天谷と付き合ってるんだと思ってた。天谷が俺に告白してくるまでずっと。だから今まであきらめてた」

らしくない九ヶ島の言葉に俺の視線は泳いでいた。今の奴の言葉とこれまでの奴の行動が俺の感情と共にせめぎあっている。俺は奴の言葉のほころびを必死に探していた。認めたくない一心で。

「それでも、ひなたを使って脅すなんて、……ひどすぎる」

九ヶ島の手から逃れるために俺は距離をとり、奴を睨んだ。そんな俺の態度にイラついたのか、九ヶ島は乱暴に俺の両手首をつかみ引き寄せた。

「だったら言うが、圭人は俺が普通に告白して俺を受け入れたか? お前が大事にしてる天谷が俺に惚れてるのを知ってて、俺とつき合ったか?」

俺は言葉に詰まったが、答えは考えるまでもなかった。
そんなの、最初から決まってる。

「だから俺は、お前になにも言わなかった。お前に想われることはあきらめたんだ。でも、結局それも無理だった」

九ヶ島にそんなつもりはないだろうが、俺はどこか責められてる気がした。奴の嘘のない目に俺の感情は不安定になる。

「……俺に、どうしろってんだよ」

うつむく俺には床にしいたカーペットしか見えない。けれどその方がよっぽどマシだった。

「圭人?」

優しく呼びかけているも九ヶ島は俺の手首を放しはしない。
俺は抵抗を始めた。

「なんで俺なんだよ! なんで俺ばっかり…!」

コイツに好意を寄せられたって嬉しくもなんともない。得るものより失うものの方が多いはずだ。

「俺は…お前に好かれたくなんかない!」

「圭人、落ち着け」

「俺はじゅうぶん落ち着いてる!」

今さら、必要となんてされたくない。しかもよりにもよって、こんな奴に。

「俺が好きだって言うんなら、もうこんなことしないでくれ! 俺にもひなたにも、二度と近づくな!!」

ありったけの力と感情をこめて俺は叫んだ。九ヶ島がこのまま出ていってくれることを願って。

けれど九ヶ島はそこを動こうとしなかった。奴はなにも言うことなく、じっと俺の顔を見ている。俺は無性に涙があふれそうになった。

「──俺にはひなただけ、俺にはひなただけなのにっ、なんでお前はそれを壊そうとするんだよ……!」

俺を必要としてくれているたった1人の親友を、俺は今までずっと大事に守ってきた。それを奪おうとするコイツは、間違いなく俺の憎むべき敵だった。


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あきゅろす。
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