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未完成の恋
004


「お前と話すことなんかない」

九ヶ島の話に、当然興味はある。コイツの表情から言って今までと違う誠実な話だということは明らかだったからだ。だが俺にはそれを受け入れることは出来ない。それが何かはわからなかったが、耳を貸してはいけないという確かな予感を感じていた。

「聞いてくれ!」

離れようとした俺を九ヶ島は無理やり抱き込んだ。その強い力にはあらがえず、俺は奴の胸におさまる。


「逃げないように」

訊いてもいないのに、奴はそう囁いた。

「〜〜逃げないから、さっさと話せ」

一刻も早く奴から解放されたくて、俺は荒っぽく吐き捨てる。

「……今さら信じてもらえないかもしれない、でも俺は──」

この時、予感の正体に気づいた俺は、九ヶ島を止めようとした。しかしそれはもはや、手遅れだった。


「──俺はお前が、圭人が、ずっと前から好きだった」


この予感が現実になること、それは俺を苦しめるだけだ。今の俺にも、それだけはちゃんとわかっていた。





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「うっとうしいから消えろよ」

「なに見てんだカマ野郎」

「てめえキモいんだよ、女みたいな顔しやがって」

いつもと変わらない休み時間の風景。ただ一つ違ったことは、その“カラミ”が俺の目の前で始まっていることだ。

このクラスでは群れた連中がよってたかって、1人の気の弱い奴を痛めつけていた。今のところ言葉の暴力だけだが、これからはエスカレートしていくことは目に見えている。

でもそんなこと俺には関係ない。俺にとっての不運は、昨日行われた席替えだ。イジメにあってる男子が俺の目の前に来たのだ。今までは特に気にもならなかったが、目の前でやられるとなると話は違ってくる。

どうにも、鬱陶しい。

いまだにこんなガキっぽいことしやがって、中学に入って何ヶ月たってると思ってるんだ。席替えからまだ2日とたっていないが、俺には堪えられそうにない。

「おい」

気づけば、そう口走っていた。

「あ?」

俺に気づいたイジメグループの1人が、がんをとばしてくる。……めんどうなことになりそうだ。

「なんだよてめえ、文句でもあんのか」

男は威嚇するように近づいてきた。名前はたしか……新田、そうだ新田だ。


「おいやめろ! 木月はやべえって!」

もう1人の男が新田を制したが、奴は聞く耳持たず俺を見下ろしてきた。

「言いたいことあるんなら言えよ」

俺はピリピリした心情のまま新田を睨みつける。

「そいつがウザいんだったら絡まなきゃいいだろ」

俺は怯えて縮こまっているいじめられっこを顎で指した。

「お前には関係ねえ」

「ある。やるなら俺の視界から消えてくれ」

その一言に奴はキレて、俺の胸倉をつかみ上げた。

「調子のってんじゃねえぞテメェ!」

新田の唸るような声を、今まで俺はどこか冷めた気持ちで聞いていた。俺にとって周りにいる人間はすべて、とるにたらないつまらないものだった。言うなれば風景と同じ。道端に生えた雑草も、学校のクラスメートも、俺には大差なかった。
けれど、たまにそれがはっきりと見えることがある。それが今の状況だ。
俺にぶつけられる感情、俺を苦しめてやろうとする奴の視線に、俺は心躍らされる。そいつの心の内が最もよくわかる瞬間だ。ただ俺にはそれがいつも、愚かで自虐的に見えていた。

俺は新田の威勢のいい顔を、少し名残惜しくなるかもしれないと思いながら見据えた。当分、新田からはこんな挑戦的な視線は得られないだろう。

「調子にのってんのは、どっちだよ」

俺が新田の腕をひねりあげるのと同時に、奴からかすれた悲鳴が聞こえた。俺の心は高揚して、さらに腕をひねる力を強めた。

「ぎゃあああああ!」

このままコイツの腕を折ったらどうなるだろう。痛がるかもしれないし、苦しむかもしれない。
──そのときコイツは、俺を恐いと思うだろうか。

それを試してみようとした瞬間、新田達にいじめられていた奴がこちらを見ていることに気がついた。そいつの目は、もっとやってくれと歓喜に満ちているわけでも、他の奴らと同じように俺に恐れおののいているわけでもなかった。そいつはびくびくしながら、心配そうに新田を見ていたのだ。──俺ではなく、新田を。

それに気づいた瞬間、俺の加虐心は急速にしぼんでいった。ゆるゆると新田に込められた力が抜けていく。新田は涙目になりながら息を切らして俺の足元に倒れ込んだ。

「大丈夫か!?」

新田の仲間が慌てて駆け寄るが、奴はひぃひぃあえいだままだった。奴の仲間はまるで化け物でも見るかのように、俺に視線を集める。いやこいつらだけじゃない、今やクラスメート全員が俺を見ていた。

「文句があるなら、相手になるけど」

新田の仲間は俺の言葉には応えず、新田を連れて教室を出ていく。おそらく保健室に行くのだろう。

──ほんと、つまらない奴ら。

落胆と共に、周りの景色がゆっくりと元に戻っていった。こそこそと話し出す俺のクラスメートも、いつもと同じただの風景になっていく。

「木月くん」

突然誰かに呼びかけられ、俺は驚きのあまり固まってしまった。声がした方向を見ると、結果的に俺が助けたことになった男がいた。……確かコイツの名前は──。

「ありがとう、かばってくれて」

そうだ、こいつの名前は天谷。天谷ひなただ。

「木月くんて優しいんだね。僕いままで、ずっと勘違いしてた」

天谷は満面の笑顔で、俺にそう言った。
普段言われなれていない言葉をまっすぐにぶつけられ、動揺のあまり俺は言葉を返せなかった。
けれど、みんな同じにみえていたはずの俺の目に、天谷ひなただけははっきりと違って写し出されていた。

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