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未完成の恋
003


俺は自分なりに覚悟を決めたつもりだった。だから今のこの状況には、少なからず、いやかなり驚いていた。





学校が終わり俺は久しぶりに穏やかな帰宅ができた。今日は九ヶ島から呼び出されなかったのだ。一時休戦なのか飽きたのか、どちらにしても俺には好都合だった。
けれど俺のそんな期待は最悪の形で裏切られた。

俺はひなたと別れた後、自分のアパートの階段を登っていた。雨水が靴から中へ入り込み、俺の足を濡らしている。歩くたびぐちゅぐちゅいって、気持ち悪かった。帰ったら早く裸足になろう、そんなことをのんきに考えていた俺は階段を登りきった瞬間、心臓が止まるかと思った。

「うそ……」

九ヶ島が俺の家のドアの前に座り込んでいたのだ。逃げようかとも考えたが家はここだ。どこに逃げ込めばいい。だがその瞬間、俺は奴の様子がいつもと違うことに気がついた。

「ね、寝てる?」

あろうことか九ヶ島は、ドアにもたれかかりながら無防備にも意識を手放している。…これは復讐のチャンスだろうか。だがヘタなことは出来ない俺は殴るという選択肢を捨て、ゆっくり鍵を開けドアノブを回した。九ヶ島に気づかれずに部屋に入るためだ。奴がもたれかかっているためどうも動かしにくい。焦りを感じながらも俺は少しずつ慎重にドアを引く。しかし次の瞬間、俺の腕は引っ張られ無様に倒れ込んだ。

「おかえり、圭人」

そこには俺の腕を掴みながら笑顔になる九ヶ島がいた。
誰か嘘だと言ってくれ。

「…騙したのか」

「誰も寝てるなんて言ってないだろ」

「なっ…」

言い返そうと口を開いた瞬間、九ヶ島は立ち上がり俺を部屋に引っ張り込んだ。

「どういうつもりだよ! 勝手に人ん家入んな!」

俺の腕を掴んだままガチャンと鍵を閉め靴をぬぎだす九ヶ島。俺も条件反射で靴を雑にぬいだ。

「なんで俺の家の場所知ってる!」

「ひなたにきいた」

「はああ!?」

俺は怒りにまかせ怒鳴るように叫んだ。怒っていたのはもちろんひなたに対してではなく、またもひなたを利用した九ヶ島に対してだ。

「あいつは俺がこんなことするとは、思っちゃいねえだろうけど」

「あたり前だろ」

九ヶ島は無遠慮に俺の家に上がり込み、笑みをこぼしながら部屋を物色していた。

「いい家じゃねえか」

物件を探しにきた客のような調子の九ヶ島に、俺は呆れを感じ始めた。ホントになんなんだこの男。

「ただのアパートだろ、なに感心してる。つうかテメーなにしに来たんだよ」

「ああそれね。今日、俺ここに泊まるから」

「はああ!?」

本日二度目の驚愕。
コイツがここに泊まる? 有り得ない。

「駄目だ! 出てけよ!」

「なんだよ、俺に逆らっていいわけ?」

俺は奴の脅しに息を思わず呑んだ。そのことを考えると平静ではいられなくなる。涙は流すまいと必死に堪えた。

「………ここでは、したくない」

今にも消え入りそうな声しか出なかった。九ヶ島の目を見ることすらできてない。
だがここで奴の好きにさせるわけにはいかなかった。ここは俺の生活スペースだ。奴との行為を思い出すたびに俺は苦しくなる。この部屋を見るたびそんな苦しみを感じたくない。

「それだけで来たんじゃねえ」

いきなり真剣な口調になる九ヶ島に警戒しながら、俺はゆっくり奴の目を見た。

「俺は圭人に、話したいことがある」

九ヶ島の考えは読めない。ただいつもの奴と違うことだけは、紛れもない事実だった。


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あきゅろす。
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