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未完成の恋
002


天気予報によると今日は雨らしい。
一日中、ずっと。


「圭ちゃん?」

ひなたの声を聞いて俺は現実に引き戻された。雨の日特有の湿気が教室に漂っている。窓からは静かに降る雨がはっきりと見えていた。

「また考えごと? 最近多いよ」

「…いや、別にそういうわけじゃ」

そう、とひなたは髪を弄びながら外を眺め始めた。

あれ以来ひなたとの関係が少しぎくしゃくしていることは紛れもない事実だ。別にお互い避けたりいがみあってるわけじゃない。ただ俺が居づらいだけ。けれども俺はひなたから離れることなんて出来なかった。いくら気まずくて罪悪感を感じていたとしても、ひなたと一緒いたいと思う気持ちは揺るがない。

「顔色悪い…、大丈夫?」

ひなたは心配そうに俺の頬を両手で挟み込んだ。そんなひなたの表情を見て、こんな気持ちになっているのは俺だけだと知らされる。ひなたと俺の間に壁なんてない。壁が見えているのは、俺だけだ。

「大丈夫。平気」

「そうは見えないよ。病院に行った方がいいんじゃない?」

深刻な顔つきで俺の顔を覗きこむひなた。
そんなに、酷い顔をしているのだろうか。

自分の体だ。限界がきていることはわかっている。喧嘩で傷を負ったことは何度もあったが、こんな深手は初めてだ。もう今では九ヶ島に対する憎しみより恐怖が勝っていた。あんな醜態さらして、今度は何を要求されるかわからない。


本当に俺はもう駄目なのかも。これ以上アイツにいいようにされるのだけはごめんだ。呼び出されて体を重ねることに嫌気が差すなんてものじゃない。
堪えられないんだ。

「ねえ圭ちゃん、昨日放課後どこに行ったの?」

俺はじっとひなたの繊細な顔を見つめた。コイツは何も知らない。俺が九ヶ島にされたことも、何も知らないまま奴と付き合ってる。九ヶ島が好きで、奴を愛してるんだ。別れろと言ったって、理由を訊かれるに決まってる。その時俺はどう答えたらいい。

九ヶ島に脅されて、奴のおもうがままにされている俺。なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないんだ。俺はこんなこと望んじゃいない、いつも俺ばかりがどうして……。

そう考えると俺は自分がとても哀れに見えた。まるでこの世で一番不幸な人間であるかのように。そう思ったが最後、その考えに俺はじわじわと囚われてゆく。
ああそうだ、もうこれ以上自分を傷つけるのはやめよう。写真をばらまきたいならばらまけばいい。ひなたを襲うってんなら俺が守ってやるまでだ。俺が奴のいいなりになる必要なんて、どこにもない。

「圭ちゃん?」

返事のない俺を不審に思い、ひなたは顔をしかめている。俺は虚ろな目でひなた見ていた。

「ひなたは、いま幸せか?」

俺の突飛な問いかけにひなたはきょとんとした。だがすぐに笑顔になると俺の手をぎゅっと握りしめた。

「うん、もちろん幸せだよ。学校もまいにち楽しい。だって──」

きっぱり言い切るひなたの笑顔を見て、俺は弱々しく微笑んだ。そりゃそうだ。今はずっと好きだった九ヶ島と付き合っていて、昼飯まで一緒に食べられるんだから。幸せでないはずがない。

「──だって学校に来たら、圭ちゃんに会えるもん」

まさかの言葉に俺は開きかけた口が閉じられなくなった。

「───俺?」

ひなたはそっと俺の手を再び強く握りしめ、優しく微笑んだ。

「そう、僕は圭ちゃんがいるから学校が楽しい。圭ちゃんとずっと一緒にいたいと思ってる。たとえ圭ちゃんに嫌われても、僕は圭ちゃんのことが大好きだよ」



───ああ。
俺はどうして、こんなにも馬鹿なんだ。
なんて自分勝手なことを考えていたんだろう。九ヶ島に立ち向かおう、なんて。自分自身すら守れない俺が、九ヶ島からひなたを守れるはずがない。奴に俺がやられてひなたが襲われたらどうする。俺はただ自分が助かりたかっただけだ。俺の心は、どこまで卑怯で、弱いんだろう。


「圭ちゃんは?」

「え?」

ひなたは今度は優しく俺の手を握りしめ、穏やかな表情で俺を見つめた。

「圭ちゃんは、いま幸せ?」

俺は顔つきが険しくなるのを必死でおさえた。悟られてはいけない。俺がしていることを知られてはならない。万一でもひなたが襲われる可能性なんて、存在しちゃいけないんだ。


「ああ、幸せだよ」



安心しろひなた、お前は俺が守ってやる。
お前の幸せが、俺の幸せだ。


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あきゅろす。
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